ある日、もう一人の俺(イケメンだけど寿命は3年)がこの世に誕生した話

靣音:Monet

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39_崩壊

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 家に着くと、すぐにスウェットの上下に着替えた。

 今の体温は計らなくても大体分かる、下手したら40℃を超えているかもしれない。震える体を布団に潜り込ませ、温まるのを待った。時計を見ると、1時15分。花帆が来てくれるのは早くても5時くらいだろう。スポーツドリンクを一口飲んだ後、布団に吸い込まれるように眠りに落ちた。


「斉藤さん! 斉藤さん!!」

 ドンドンっとドアを叩く大きな音で目が覚めた。時計を見ると5時を回ったところ。どうやら、ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。

 フラフラと玄関まで歩き、ドアを開けると山内さんと花帆が立っていた。

「あんたどういうつもりなのよ……この子、タクちゃんに会いに来たって言ってるけど!? 最近痩せたのって、この子を騙すつもりだったの?」

 花帆は今まで見たこともない表情で俺を見ている。「ウソだと言って」目がそう訴えているようだった。

 発熱のせいもあるのだろうか。呼吸が早さを増していく。

「なんとか言いなさいよ! あんたは斉藤拓也で、従兄弟のタクちゃんは出て行ったんでしょ!? どうなのよ!!」

 何か言わなくてはと気持ちが焦るが、言葉が出てこない。

「拓也、ウソよね? ここにいるのは、一緒にバイトしてた拓也だよね? あの従兄弟さんは隣町に住んでるって言ってたよね?」

 花帆の声が震えている。

「……いや、これには訳があるんだ、部屋に入って話を聞いてくれないか。時間は掛かるけど、信じ——」

「騙してたのっ!? 信じられない!!」

 今まで聞いたことの無い、花帆の声だった。スーパーの買い物袋を地面にたたきつけると、階段を駆け下りていった。

 山内さんは怒っているような、軽蔑しているような目で俺を見据える。

「最低だね」

 静かにそう言い、ドアをパタンと閉めてしまった。


 俺は崩れるように座り込み、その場から動けなくなった。

 こんな事が起きるかもしれないと、花帆がハイツに来ることは極力避けていた。だが、今となってはそんな事を考えても仕方が無い。

 今日ほど、時間が戻って欲しいと願った事があるだろうか。

 戻るとしたら、タクが来る前? 花帆を初めて見たとき? タクが出て行く前の日?

 無駄だ、こんな事を考えても。過ぎた時間は戻らない。



 コンコン。コンコン。

 ドアをノックする音で我に返った。座り込んだその場で眠り込んでいたのかもしれない。

「花帆!?」

 勢いよくドアを開けると、吉田さんが立っていた。

「あ……こんばんは。玄関にこれ落ちてたんだけど、斉藤さん家の?」

 吉田さんが持っていたのは、花帆が買ってきてくれていたスーパーの買い物袋だった。



「ごめんなさい、布団片付けます。あ、そこにでも座ってて」

 吉田さんに家に入ってもらい、思い切ってタクの事を話してみようと思った。

「いいよ、いいよ。病気なんでしょ、すぐ帰るから」

「長い話になると思うけど、聞いてくれるなら……吉田さんに時間があればだけど……」

 そう言うと、吉田さんはコートを脱いで腰を下ろしてくれた。


 中国のオンラインモールで、RC-AVATARという商品を買ったこと、それに触れると俺のコピーが出来たこと、それがタクだという事を、出来るだけ詳しく話した。

「この箱に入ってたんだ、タクの元になった人形は。そして、これがタクを操作出来たゴーグルが入ってた箱……って言っても、やっぱり信じるのは無理かな?」

「……ごめん。面白い話だとは思うけど。……それより、可哀想だよ白石さんって子が」

「うん、本当に彼女には酷いことをしたと思ってる……」

「まあ、済んだ事は仕方ないじゃん。斉藤さんが彼女の事を、本当に好きだってのはよく分かった。時間は沢山掛かるだろうけど……許して貰えるように頑張ってみたら?」

「すみません、こんな俺に、ありがとう……」

 信じて貰えなかったのは残念だが、思ってもみなかった吉田さんの優しい言葉に思わず涙ぐんでしまう。

「じゃ、まだ熱下がってないだろうから、ゆっくり休んでね。……ん? User's manual? このQRコードから、説明書をインストール出来るの?」

 ゴーグルの箱からはみ出していた、QRコードが記載されたカードだった。

「そう。それをインストールするとスマホで説明書が読めるんだ。——そっ、そうだ、アバターのカスタマイズ画面を見たら信じてくれるかも!」

 俺は久しぶりにRC-AVATARのアプリを立ち上げた。だが、説明書は閲覧出来たものの、カスタマイズモードでは『No data 近くにゴーグルがありません』と表示されてしまった。

「へー、結構ちゃんとしたアプリなんだね。——このQRが入ったカード借りていい? 説明書だけでも読んでみるよ」

 俺はもちろんと答え、吉田さんを玄関まで送った。
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