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23_滲むゴーグル
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今日はタクのバイトの最終日だ。
「拓也が行く? 最後だよ」と言われたが、タクに任せた。俺が仕事で疲れているからじゃない。3ヶ月弱という短い期間だったが、皆に別れの言葉を言うのはタクが相応しいと思ったからだ。俺はゴーグルで、タクの最後のバイトを見守った。
「斉藤さん、今日で終わりっすか……結局コンパも、一緒に酒飲むのも、出来なかったっすね……いつかは終わるんでしょ? 治験って」
「治験はそろそろ終わるから、直に一緒に飲めるよ。その時は一緒にガンガン飲もう」
「ありがとうございます……俺の先輩、斉藤さんみたいな好青年タイプって全然いないんっすよ。だから嬉しかったんですよね。……俺、こんなんですけど、また遊んでくださいね……あ、片付け行ってきます!」
山岡の目が潤んでいるように見えた。軽そうに見えて……いや実際に軽い奴ではあるんだけど、人が好きで、人に好かれる人間なんだろう。
「山岡さん、斉藤さんの事好きだったんでしょうね。あんな可愛いところあるんだ」
そういう白石さんも、少し涙ぐんでいるように見える。
「ウチのバイトで、誰とでも仲良く話出来るのって、山岡くんだけだったもんね。彼のおかげで楽しく働けたなって思ってる」
タクは今、どんな表情をしているのだろう。
そう言えば、タクの涙は見たことがない。
「もう、白石さんも上がりの時間か……一緒に仕事しだして、まだ3ヶ月くらいなんだよね。ずっと前から知り合いのような気になっちゃってたけど」
「私も同じような事、思ってました。……また、どこかで一緒に働けたらいいですね。今まで、色々とありがとうございました。それから……次に会える日、楽しみにしています」
会計の客が来たようで、タクが応対した。片付けに回った白石さんは、それが終わればもうバイトを上がる時間だろう。
しばらくして、私服に着替えた白石さんがカウンターまでやってきた。
「斉藤さん、今日までお疲れさまでした。また、メッセージ送ってくださいね。山岡さんもお疲れ様です。それでは、失礼します」
そう言って、白石さんは店から出て行った。
「……ごめん、ちょっとカウンターお願いします。すぐ戻るから」
タクはカウンターに山岡を1人残し、白石さんを追いかけた。
一体、何をする気なんだ、タクは……
「白石さん、今日までありがとう。色々と楽しかった」
「い、いえいえ、そんな。こちらこそありがとうございました」
さっき挨拶したばかりにも関わらず、追いかけてきたタクに、白石さんも少々戸惑っているようだ。
「次に白石さんに会えるまで、少し時間が掛かるから……握手でも」
「あ、握手ですか。はい!」
白石さんが差し出した片手を、タクは両手で包み込んだ。白石さんも両手で握り返す。
「ありがとう。次に会える日の事、すごく楽しみにしてるから……引き留めてごめん。気をつけて帰ってね」
「はい、私もです! ありがとう、斉藤さん!」
タクは「じゃあ」と踵を返して、カラオケボックスへと引き返した。ゴーグルのモニターが、みるみるうちにぼやけていく。
タクが……タクが泣いている……?
「拓也が行く? 最後だよ」と言われたが、タクに任せた。俺が仕事で疲れているからじゃない。3ヶ月弱という短い期間だったが、皆に別れの言葉を言うのはタクが相応しいと思ったからだ。俺はゴーグルで、タクの最後のバイトを見守った。
「斉藤さん、今日で終わりっすか……結局コンパも、一緒に酒飲むのも、出来なかったっすね……いつかは終わるんでしょ? 治験って」
「治験はそろそろ終わるから、直に一緒に飲めるよ。その時は一緒にガンガン飲もう」
「ありがとうございます……俺の先輩、斉藤さんみたいな好青年タイプって全然いないんっすよ。だから嬉しかったんですよね。……俺、こんなんですけど、また遊んでくださいね……あ、片付け行ってきます!」
山岡の目が潤んでいるように見えた。軽そうに見えて……いや実際に軽い奴ではあるんだけど、人が好きで、人に好かれる人間なんだろう。
「山岡さん、斉藤さんの事好きだったんでしょうね。あんな可愛いところあるんだ」
そういう白石さんも、少し涙ぐんでいるように見える。
「ウチのバイトで、誰とでも仲良く話出来るのって、山岡くんだけだったもんね。彼のおかげで楽しく働けたなって思ってる」
タクは今、どんな表情をしているのだろう。
そう言えば、タクの涙は見たことがない。
「もう、白石さんも上がりの時間か……一緒に仕事しだして、まだ3ヶ月くらいなんだよね。ずっと前から知り合いのような気になっちゃってたけど」
「私も同じような事、思ってました。……また、どこかで一緒に働けたらいいですね。今まで、色々とありがとうございました。それから……次に会える日、楽しみにしています」
会計の客が来たようで、タクが応対した。片付けに回った白石さんは、それが終わればもうバイトを上がる時間だろう。
しばらくして、私服に着替えた白石さんがカウンターまでやってきた。
「斉藤さん、今日までお疲れさまでした。また、メッセージ送ってくださいね。山岡さんもお疲れ様です。それでは、失礼します」
そう言って、白石さんは店から出て行った。
「……ごめん、ちょっとカウンターお願いします。すぐ戻るから」
タクはカウンターに山岡を1人残し、白石さんを追いかけた。
一体、何をする気なんだ、タクは……
「白石さん、今日までありがとう。色々と楽しかった」
「い、いえいえ、そんな。こちらこそありがとうございました」
さっき挨拶したばかりにも関わらず、追いかけてきたタクに、白石さんも少々戸惑っているようだ。
「次に白石さんに会えるまで、少し時間が掛かるから……握手でも」
「あ、握手ですか。はい!」
白石さんが差し出した片手を、タクは両手で包み込んだ。白石さんも両手で握り返す。
「ありがとう。次に会える日の事、すごく楽しみにしてるから……引き留めてごめん。気をつけて帰ってね」
「はい、私もです! ありがとう、斉藤さん!」
タクは「じゃあ」と踵を返して、カラオケボックスへと引き返した。ゴーグルのモニターが、みるみるうちにぼやけていく。
タクが……タクが泣いている……?
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