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10_本物の白石さん

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 タクが先頭になってカラオケボックスに入っていく。タクの肩越しに店内を覗くと、受付カウンターにいる白石さんが見えた。

「いらっしゃ……あ! 斉藤さん!!」

 タクだと気付いた白石さんの表情がパッと明るくなる。だが、横にいる山内さんに気付いた瞬間、少し陰ったように見えたのは気のせいだろうか。

「お疲れ様です、忙しい時間帯にすみません。今って4人大丈夫ですか?」

「全然大丈夫ですよ。今日は結構ヒマだったりします。お時間どうされます?」

 ヒマの部分だけ、口に手を添え小声で言う。初めて肉眼で見る白石さんは、想像以上に可愛かった。

「えーと、1時間くらいで大丈夫?」

 タクが振り返り皆に聞く。

「何言ってんのタクちゃん……短すぎるよ。3時間、3時間! ね、ミキちゃん!」

 山内さんの一言で、とりあえず3時間に決まった。


 俺たちが入ったのは108番の部屋、普段なら8人以上で使用する部屋だ。

「広ーい! タクちゃんがバイトしてるおかげ? まあ、狭い部屋の方が一体感出たりするけどね。あ、こんな事言っちゃダメか! ハハハ」

 山内さんはそう言って、無邪気に笑った。

「それより、受付の女の子すごく可愛くなかった?」

 唐突に吉田さんに話を振られる。

「あ、ああ確かに。めっちゃモテそうな子だったね……どうなのタク?」

「ウチのバイト、女の子少ないからね。ある意味、みんな好きなんじゃ無い?」

 つい、タクに話を振ってしまう。にも関わらず、タクはサラッと答えてみせた。俺はズルい男だ。

「へー、タクちゃんも好きなんだ? 確かに可愛いもんね~」

 山内さんはそう言うと、席は沢山余っているにも関わらず、タクの直ぐ隣に腰を下ろした。


 吉田さんも山内さんも歌が上手かった。新しい歌も沢山知っているようで、心底カラオケが好きなんだろう。

「タクちゃんたち、全然曲入れてないじゃん! そろそろタクちゃんも歌ってよ。なんか得意な歌とかある?」
 
「得意かどうかは分かんないけど、最近流行ってる歌なら一通り歌えるかな?」

 タクが意外な事を言った。俺なんて、最近はどんな曲が流行っているのかさえ知らない。

「じゃ、あれ歌える? 金ドラ主題歌の『キミが閉ざした瞳の~♪』ってやつ」

「あー多分。誰の歌なのかは知らないけどね、ハハハ」

 タクと一緒にテレビドラマなんて見たことは無い。本当に知っているのだろうか。


 そんな俺の心配は杞憂に終わった。率直に言って、めちゃくちゃ上手だった。吉田さんと山内さんも大いに盛り上がっている。

「なんでこんな上手いのに最初から歌わないのよ! タクちゃん、性格悪いでしょ!」

「やっばーい、見て見て! 私、腕鳥肌立ってる!」

 「次は斉藤さんの番ね」と言われる前に、「トイレ」と言って席を外した。俺も歌が下手とは思わないが、タクはレベルが違った。

 ただ、タクが曲を覚えていた理由は分かった。カラオケボックスの店内では、常に流行の曲がかかっている。きっと、これを聴いて覚えたのだろう。


 トイレを済ませて部屋に戻る際、私服の白石さんにバッタリ会った。

「あ、こんばんは」

「……あ、こんばんは! 斉藤さんの」

 白石さんは俺が一瞬誰だか分からなかったようだ。受付の際にタクの後ろに立っていただけだ、分からなくて当然だろう。

「いつもタクがお世話になっています。私、タクの従兄弟なんです」

「あー、そうだったんですね! どうりで……似てらっしゃいますね! ちなみに、今日はご親戚なんかのお集まりなんですか?」

 なるほど。従兄弟の俺といるって事は、彼女たちも親戚と思う方が自然なのかもしれない。

「いえ、今日はご近所さん同士の集まりで……顔合わせ的なっていうか……」

「ああ……そうなんですね。今日はバイト上がってしまいますので、斉藤さんにも宜しくお伝えください、それでは失礼します」

 笑顔で会釈する白石さんに、「お疲れさまでした」と小さく頭を下げた。つい、顔合わせなんて言っちゃったけど、親戚の集まりって事にしておいた方が良かったのかもしれない。


 カラオケは3時間で終了して、帰路についた。

 女性陣二人はまだまだ歌いたがっていたが、タクの「薬を飲む時間だから」の一言で、また今度という話になった。俺がイマイチ盛り上がっていないのを見て、タクが気を使ったのだろう。

「って言うか、タクちゃん薬持ち歩いてなきゃダメでしょ! 近所だから良かったけど、遠くに行ってて終電逃したりしたらどうすんの!」

 山内さんにたしなめられているタクは、「ホントそうだね」と笑っている。
 
 帰り道も俺と吉田さんが二人の後ろを歩いた。

「ユミちゃん、タクさんの事、好きになっちゃったのかもね。めったに無いけど、共通の友達介してコンパ的な事あったりするの。普段からあんなノリで明るいのは明るいんだけど、あんなにグイグイ行ってるユミちゃん見た事ないもん」

「山内さんって、誰にでもあんな感じなのかと思ったけど、流石に違ったか」

「アハハ、流石にユミちゃんでもそれは無いよ」

 タク自身も山内さんに対して、満更で無いように見えた。俺とタクの趣味嗜好は同じだと思っていたが、その認識はもしかして違うのだろうか?
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