上 下
7 / 49

07_自己嫌悪

しおりを挟む
「あのさ、今日のバイトはタクが出てくんない?」

「どうして? 今日も白石さんシフト入ってるでしょ?」

 蛇口から水道水を汲んでいたタクが振り返る。タクは水さえ飲んでいれば生きていける。たった3年の寿命だけども。

「……まあ、ルックスが好みってだけで、それ以上でもそれ以下でも無いし」

「なになに、どうしたの。昨日との温度差凄いね」

 タクは軽く笑ってそう言った。

「稼げもしないFXやってたり、タクならまだしも、俺は体つきもだらしないし……しかも、彼女まだ26歳だよ? あれだけ可愛けりゃ、彼氏いる方が自然だもん。昨日はちょっと舞い上がってた」

「そういう事か……まずは、ちゃんと就職考えてみるとか?」

 タクが現れるまでも悩んでいたことだ。これからの人生どうしよう? と。

「とりあえず今日は散髪でも行って、気分転換してくるよ」

 俺はそう言って、外出の準備を始めた。


 3年程前に買ったシャツとパンツに着替えて家を出る。先日タクに買った服は、サイズが小さくて着ることが出来ない。

 タクが来て人生が大きく変わった気がしていたが、それは俺の思い過ごしだったかもしれない。彼を介して世に出たところで、彼が消えてしまえば以前の俺と何ら変わりはないからだ。


***


「ご無沙汰。伸びたなー。えーと……前回のカットから半年か。もっとマメにカットしなきゃ」

 高校時代の友人の浅井だ。高校卒業後は美容系の専門学校を出て、美容師一筋で働いている。数年前に独立し、今では個室タイプの美容室を2店経営するまでになった。

「出不精に拍車が掛かってるよ、最近。出来たばかりの2店舗目の方はどう?」

「新店も順調よ。加世子がよくやってくれてる。FXはどうなの?」

 加世子とは浅井の奥さんだ。専門学校で知り合い、22歳の時に式を上げた。俺たち友人の中では一番乗りだった。

「いやあ、FX全然ダメ。就職しようにもいい歳になってきたし、人生詰んだかもしれない」

「ハハハ、何言ってんの、まだ32歳じゃん。マジで困ってるなら、色々声かけてみるけど?」

 浅井は人脈が広い。その気になれば本気でやってくれるだろう。その言葉に少しジーンとくる。

「ありがとう、その時にはまたお願いするよ。……それにしても、浅井は凄いな。自分の店持って、奥さんいて、子供もいて。——上の子何歳になったの?」

結愛ゆあが8歳で翔人しょうとが6歳。こないだまでチビッコだったのに、二人とも小学生だからなあ。ホント、子供の成長は早いよ」

 浅井の結婚が早かったとは言え、俺にもそれくらいの子が居てもいい歳なんだと痛感する。その後、誰々に子供が出来たとか、誰々は東京へ栄転になったとか、今の俺には面白くない話が続いた。そんな自分を嫌悪し、余計に落ち込んでしまう。

 今日も、「無難」に「年相応」に髪を仕上げて貰った。

 せっかく美容師の友人がいるのに、少し勿体ないとは思う。以前は色々と髪型を提案してくれていた浅井だったが、ここ最近はそういう事も無くなった。俺がいつも拒否してきたからだ。

「今日もお疲れさまでした。そうだ、来月久しぶりに飲みに行くか! 吉川たちと!」

 帰り際、元気が無い俺を気遣ったのか、浅井はそう声をかけてくれた。
 


 帰宅すると、既にタクはバイトに出ていた。ゴーグルで様子を見ようと思ったが、気乗りせずやめた。

 立ち上げたパソコンのブラウザには、就職サイトのページが開きっぱなしになっている。履歴を見ると、文具メーカーなどを閲覧した形跡が残っていた。タクが調べてくれていたのだろう。


「ただいまー。お! さっぱりしたじゃん髪型!」

 タクが帰宅した。いつの間にか眠りに落ちていたようだ。

「——おう、おかえり、バイトお疲れ様」

「なんだ、絶対ゴーグルで監視されてると思ったのに。見てなかったの?」

「うん、見てないよ。ってか、監視されてるってなんだよ」

 タクの言い草に、つい笑ってしまった。

「いやいや、ちょっとしたニュースが二つあるんで、報告の手間が省けるかなって」

 タクは何やら嬉しそうだ。

「一つ目! 白石さんは彼氏いません!」

「あら、そうなんだ。タクから聞いたの?」

「いや、沢田君と3人でいる時にそんな話の流れになってね。白石さん、『斉藤さんは絶対彼女いると思ってました!』って言ってたよ。脈あるかもしれないね」

「ハハ、お世辞でしょ。じゃなけりゃ、タクに対してであって、俺にじゃない」

 真顔でそう言った俺のせいか、タクはしばし黙ってしまった。

「あ、あともう一つ。さっき、お隣の吉田さんと一階の山内さんに下で会ったんだけど、今度吉田さん家で俺の歓迎会しませんかって。いつがいいか、また教えてって言ってた」

「マジで? ……今は、会いたくないかな、悪いけど」

「……そっか、ごめん。また会ったとき理由付けて断っておく。……拓也大丈夫? 今日、何か変じゃない?」 

「——俺は元々、こんなんなんだよ……タクが来て、浮かれてたからちょっと違って見えただけだ。今日は俺があっちで寝る」

 今はタクに使わせている寝室に行き、俺は布団に潜り込んだ。

 こんな酷い態度、友人に対しても同じように取っただろうか? 自分の複製だからって、何を言ってもいいはずが無い。自己嫌悪に陥るも、引っ込みがつかなくなっていた。


 暗闇で光るスマホに気付くと、久しぶりに見るSNSグループにメッセージが届いている。

——————————
来月、久しぶりに飲まない? 空いてる月曜日教えて! 俺と斉藤は参加!
——————————

 浅井からだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
青春
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

処理中です...