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07_自己嫌悪
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「あのさ、今日のバイトはタクが出てくんない?」
「どうして? 今日も白石さんシフト入ってるでしょ?」
蛇口から水道水を汲んでいたタクが振り返る。タクは水さえ飲んでいれば生きていける。たった3年の寿命だけども。
「……まあ、ルックスが好みってだけで、それ以上でもそれ以下でも無いし」
「なになに、どうしたの。昨日との温度差凄いね」
タクは軽く笑ってそう言った。
「稼げもしないFXやってたり、タクならまだしも、俺は体つきもだらしないし……しかも、彼女まだ26歳だよ? あれだけ可愛けりゃ、彼氏いる方が自然だもん。昨日はちょっと舞い上がってた」
「そういう事か……まずは、ちゃんと就職考えてみるとか?」
タクが現れるまでも悩んでいたことだ。これからの人生どうしよう? と。
「とりあえず今日は散髪でも行って、気分転換してくるよ」
俺はそう言って、外出の準備を始めた。
3年程前に買ったシャツとパンツに着替えて家を出る。先日タクに買った服は、サイズが小さくて着ることが出来ない。
タクが来て人生が大きく変わった気がしていたが、それは俺の思い過ごしだったかもしれない。彼を介して世に出たところで、彼が消えてしまえば以前の俺と何ら変わりはないからだ。
***
「ご無沙汰。伸びたなー。えーと……前回のカットから半年か。もっとマメにカットしなきゃ」
高校時代の友人の浅井だ。高校卒業後は美容系の専門学校を出て、美容師一筋で働いている。数年前に独立し、今では個室タイプの美容室を2店経営するまでになった。
「出不精に拍車が掛かってるよ、最近。出来たばかりの2店舗目の方はどう?」
「新店も順調よ。加世子がよくやってくれてる。FXはどうなの?」
加世子とは浅井の奥さんだ。専門学校で知り合い、22歳の時に式を上げた。俺たち友人の中では一番乗りだった。
「いやあ、FX全然ダメ。就職しようにもいい歳になってきたし、人生詰んだかもしれない」
「ハハハ、何言ってんの、まだ32歳じゃん。マジで困ってるなら、色々声かけてみるけど?」
浅井は人脈が広い。その気になれば本気でやってくれるだろう。その言葉に少しジーンとくる。
「ありがとう、その時にはまたお願いするよ。……それにしても、浅井は凄いな。自分の店持って、奥さんいて、子供もいて。——上の子何歳になったの?」
「結愛が8歳で翔人が6歳。こないだまでチビッコだったのに、二人とも小学生だからなあ。ホント、子供の成長は早いよ」
浅井の結婚が早かったとは言え、俺にもそれくらいの子が居てもいい歳なんだと痛感する。その後、誰々に子供が出来たとか、誰々は東京へ栄転になったとか、今の俺には面白くない話が続いた。そんな自分を嫌悪し、余計に落ち込んでしまう。
今日も、「無難」に「年相応」に髪を仕上げて貰った。
せっかく美容師の友人がいるのに、少し勿体ないとは思う。以前は色々と髪型を提案してくれていた浅井だったが、ここ最近はそういう事も無くなった。俺がいつも拒否してきたからだ。
「今日もお疲れさまでした。そうだ、来月久しぶりに飲みに行くか! 吉川たちと!」
帰り際、元気が無い俺を気遣ったのか、浅井はそう声をかけてくれた。
帰宅すると、既にタクはバイトに出ていた。ゴーグルで様子を見ようと思ったが、気乗りせずやめた。
立ち上げたパソコンのブラウザには、就職サイトのページが開きっぱなしになっている。履歴を見ると、文具メーカーなどを閲覧した形跡が残っていた。タクが調べてくれていたのだろう。
「ただいまー。お! さっぱりしたじゃん髪型!」
タクが帰宅した。いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
「——おう、おかえり、バイトお疲れ様」
「なんだ、絶対ゴーグルで監視されてると思ったのに。見てなかったの?」
「うん、見てないよ。ってか、監視されてるってなんだよ」
タクの言い草に、つい笑ってしまった。
「いやいや、ちょっとしたニュースが二つあるんで、報告の手間が省けるかなって」
タクは何やら嬉しそうだ。
「一つ目! 白石さんは彼氏いません!」
「あら、そうなんだ。タクから聞いたの?」
「いや、沢田君と3人でいる時にそんな話の流れになってね。白石さん、『斉藤さんは絶対彼女いると思ってました!』って言ってたよ。脈あるかもしれないね」
「ハハ、お世辞でしょ。じゃなけりゃ、タクに対してであって、俺にじゃない」
真顔でそう言った俺のせいか、タクはしばし黙ってしまった。
「あ、あともう一つ。さっき、お隣の吉田さんと一階の山内さんに下で会ったんだけど、今度吉田さん家で俺の歓迎会しませんかって。いつがいいか、また教えてって言ってた」
「マジで? ……今は、会いたくないかな、悪いけど」
「……そっか、ごめん。また会ったとき理由付けて断っておく。……拓也大丈夫? 今日、何か変じゃない?」
「——俺は元々、こんなんなんだよ……タクが来て、浮かれてたからちょっと違って見えただけだ。今日は俺があっちで寝る」
今はタクに使わせている寝室に行き、俺は布団に潜り込んだ。
こんな酷い態度、友人に対しても同じように取っただろうか? 自分の複製だからって、何を言ってもいいはずが無い。自己嫌悪に陥るも、引っ込みがつかなくなっていた。
暗闇で光るスマホに気付くと、久しぶりに見るSNSグループにメッセージが届いている。
——————————
来月、久しぶりに飲まない? 空いてる月曜日教えて! 俺と斉藤は参加!
——————————
浅井からだった。
「どうして? 今日も白石さんシフト入ってるでしょ?」
蛇口から水道水を汲んでいたタクが振り返る。タクは水さえ飲んでいれば生きていける。たった3年の寿命だけども。
「……まあ、ルックスが好みってだけで、それ以上でもそれ以下でも無いし」
「なになに、どうしたの。昨日との温度差凄いね」
タクは軽く笑ってそう言った。
「稼げもしないFXやってたり、タクならまだしも、俺は体つきもだらしないし……しかも、彼女まだ26歳だよ? あれだけ可愛けりゃ、彼氏いる方が自然だもん。昨日はちょっと舞い上がってた」
「そういう事か……まずは、ちゃんと就職考えてみるとか?」
タクが現れるまでも悩んでいたことだ。これからの人生どうしよう? と。
「とりあえず今日は散髪でも行って、気分転換してくるよ」
俺はそう言って、外出の準備を始めた。
3年程前に買ったシャツとパンツに着替えて家を出る。先日タクに買った服は、サイズが小さくて着ることが出来ない。
タクが来て人生が大きく変わった気がしていたが、それは俺の思い過ごしだったかもしれない。彼を介して世に出たところで、彼が消えてしまえば以前の俺と何ら変わりはないからだ。
***
「ご無沙汰。伸びたなー。えーと……前回のカットから半年か。もっとマメにカットしなきゃ」
高校時代の友人の浅井だ。高校卒業後は美容系の専門学校を出て、美容師一筋で働いている。数年前に独立し、今では個室タイプの美容室を2店経営するまでになった。
「出不精に拍車が掛かってるよ、最近。出来たばかりの2店舗目の方はどう?」
「新店も順調よ。加世子がよくやってくれてる。FXはどうなの?」
加世子とは浅井の奥さんだ。専門学校で知り合い、22歳の時に式を上げた。俺たち友人の中では一番乗りだった。
「いやあ、FX全然ダメ。就職しようにもいい歳になってきたし、人生詰んだかもしれない」
「ハハハ、何言ってんの、まだ32歳じゃん。マジで困ってるなら、色々声かけてみるけど?」
浅井は人脈が広い。その気になれば本気でやってくれるだろう。その言葉に少しジーンとくる。
「ありがとう、その時にはまたお願いするよ。……それにしても、浅井は凄いな。自分の店持って、奥さんいて、子供もいて。——上の子何歳になったの?」
「結愛が8歳で翔人が6歳。こないだまでチビッコだったのに、二人とも小学生だからなあ。ホント、子供の成長は早いよ」
浅井の結婚が早かったとは言え、俺にもそれくらいの子が居てもいい歳なんだと痛感する。その後、誰々に子供が出来たとか、誰々は東京へ栄転になったとか、今の俺には面白くない話が続いた。そんな自分を嫌悪し、余計に落ち込んでしまう。
今日も、「無難」に「年相応」に髪を仕上げて貰った。
せっかく美容師の友人がいるのに、少し勿体ないとは思う。以前は色々と髪型を提案してくれていた浅井だったが、ここ最近はそういう事も無くなった。俺がいつも拒否してきたからだ。
「今日もお疲れさまでした。そうだ、来月久しぶりに飲みに行くか! 吉川たちと!」
帰り際、元気が無い俺を気遣ったのか、浅井はそう声をかけてくれた。
帰宅すると、既にタクはバイトに出ていた。ゴーグルで様子を見ようと思ったが、気乗りせずやめた。
立ち上げたパソコンのブラウザには、就職サイトのページが開きっぱなしになっている。履歴を見ると、文具メーカーなどを閲覧した形跡が残っていた。タクが調べてくれていたのだろう。
「ただいまー。お! さっぱりしたじゃん髪型!」
タクが帰宅した。いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
「——おう、おかえり、バイトお疲れ様」
「なんだ、絶対ゴーグルで監視されてると思ったのに。見てなかったの?」
「うん、見てないよ。ってか、監視されてるってなんだよ」
タクの言い草に、つい笑ってしまった。
「いやいや、ちょっとしたニュースが二つあるんで、報告の手間が省けるかなって」
タクは何やら嬉しそうだ。
「一つ目! 白石さんは彼氏いません!」
「あら、そうなんだ。タクから聞いたの?」
「いや、沢田君と3人でいる時にそんな話の流れになってね。白石さん、『斉藤さんは絶対彼女いると思ってました!』って言ってたよ。脈あるかもしれないね」
「ハハ、お世辞でしょ。じゃなけりゃ、タクに対してであって、俺にじゃない」
真顔でそう言った俺のせいか、タクはしばし黙ってしまった。
「あ、あともう一つ。さっき、お隣の吉田さんと一階の山内さんに下で会ったんだけど、今度吉田さん家で俺の歓迎会しませんかって。いつがいいか、また教えてって言ってた」
「マジで? ……今は、会いたくないかな、悪いけど」
「……そっか、ごめん。また会ったとき理由付けて断っておく。……拓也大丈夫? 今日、何か変じゃない?」
「——俺は元々、こんなんなんだよ……タクが来て、浮かれてたからちょっと違って見えただけだ。今日は俺があっちで寝る」
今はタクに使わせている寝室に行き、俺は布団に潜り込んだ。
こんな酷い態度、友人に対しても同じように取っただろうか? 自分の複製だからって、何を言ってもいいはずが無い。自己嫌悪に陥るも、引っ込みがつかなくなっていた。
暗闇で光るスマホに気付くと、久しぶりに見るSNSグループにメッセージが届いている。
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来月、久しぶりに飲まない? 空いてる月曜日教えて! 俺と斉藤は参加!
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浅井からだった。
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