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デバッグモード

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「ニオ、見張り役ご苦労。グドンは動かぬままか」

 トキがグドンの近くにいた男に聞く。男は「はい」と答えた。

「ええっ!! ……って事は、アトリがグドンを倒したって事!?」

 俺は止まったままのグドンを見上げて言った。

「いや、リストバンドを見れば分かるが、グドンは死んじゃいない。——停止している、というのが近い表現かもしれない」

 停止……? 一体、どういう事だ……

「私が魔法を放った後、あのまま固まってしまったのです。……まあ、そのお陰でユヅル様たちを救うことが出来たんですけど……」

「あ、ありがとう、アトリ。本当に助かったよ。な、なんて言うか……俺に薬を飲ませるのも、勇気が要ったことだろうし……」

「い、いえっ! お礼なんて! クイナが私に飲ませてくれたのを思い出して、そこからは無我夢中で……」

 アトリは顔を真っ赤にして、両方の手の平を振った。

 ああ、俺はこの子とキスをしたのか……

 今になってドキドキが押し寄せた。

「ゴホン……で、グドンをどうするかだが」

 俺たちを見ていられなかったのか、ゲンが一つ咳をしてから言った。

「幾つかの選択肢がある。一つ目は、このまま放置。二つ目は一斉攻撃。三つ目は……アトリが説明してくれるか?」

「は、はいっ! ゲン様たちには先に話したのですが、グドンはもしかして私の言う事を聞いたのかもって……『もう止めて!』って叫んだ時、実は雷を落とそうって意識は無かったんです。でも、勝手に雷が落ちて……」

 確かに、アトリはそのように叫んでいたと思う。あの特大の雷は、意図したものでは無かったという事か。

「なので……もしかしたら、もしかしたらですよ。私が命令をすると、グドンは言う事を聞くんじゃないかと。——これでいいですか、ゲン様?」

「ああ、大丈夫だ。現状、俺たちはアトリが説明してくれた、三つ目を選択しようと思っている。ユヅルはどう思う?」

「い、いやっ、それって正に『寝た子を起こす』状態じゃないの!? 目を覚ましたとしても、また暴れ出す可能性の方が高いと思うんだけど!」

 ゲンがこの案に賛同したことに俺は驚いた。グドンがどういう仕組みで動いているのか、一番知っているのはゲンだからだ。

「アタシも最初は、ユヅルと同じことを言ったんだよ。でもさ、グドンが止まったとき、アトリは『私の気持ちが伝わった』って感じたんだってさ。アタシはアトリを信じてみようかなって」

 なるほど、言いたい事は分かる。だが、グドンはプログラミングが施された、ロボットみたいなものだ。感情なんてものは無いはずなんだが……

 クイナはともかく、ゲンが支持する理由ってなんなんだ……?

「ユヅル……デバッグモードって分かるか?」

 隣にいたゲンが、俺だけに聞こえる小声で言ってきた。

 デバッグモード……開発者向けのモード……? 確か、普通では触れない部分を触れたりしたような……

「アトリの魔法で、偶然そっちに移行したのかもと思ってる。かなりの雷だったみたいだからな」

「も、もしかして、アトリの意思でグドンを動かせるようになるって事?」

「おい! ユヅルたち、何コソコソと話してんだよ!」

 コソコソと話す俺たちに、クイナが苦言を呈した。

「ハハハ、すまんすまん。ユヅルも三つ目の方法でOKだそうだ。——じゃ、早速やってみるか、アトリ! 皆は一応、いつでも逃げられる体勢だけは整えておいてくれ!」

「はっ、はい! やってみます!」

 アトリはそう言うと、魔法の杖を高々と上げた。

「おっと、その前に。奴は自分の名前がグドンって事を知らないはずだ。奴に自分の名前はグドンだと教える。まずは、そこから始めよう」

「はっ、はい!」

 アトリは緊張しているようだ。気を取り直して、もう一度魔法の杖を掲げた。

「あっ、あなたの名前はグドン! 理解出来たなら、こちらを向いて!」

 俺たちは息を呑んで、グドンの顔を見上げる。

 そして……

 グドンはこちらを向いた。

「おおおーーー!!!」

 俺たちは歓声を上げた。だが、いつでも逃げられる体勢は整えたままだ。急に攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。

「グドン! 今日からあなたは私たちの友達! 理解出来たら反応して!」

 すると、グドンはダランと下げていた右手を動かした。皆が一様にビクッと反応する。

 そしてその大きな右手で……

 グドンは親指を立てた。


***


「ゲン様、これで作戦を実行出来そうですね。まさか、こんなにも早くこの日がやってこようとは……」

 ヨタカの兄、トキが言った。

 作戦……? 俺が寝ている間に、様々なことが話し合われていたようだ。

 俺たちがイグルの城に着いた時点で、イグルは既に城を脱出していたらしい。向かった先は、ホウクの城だ。軍勢を整えて、グドンたち魔物を殲滅するらしい。

 そして、トキはヨタカ同様、イグルたちを引きずり下ろすという使命を持ち続けていたという。いま、ここに残っている男たちは、同じこころざしを持っている者たちだ。

「じゃあ、イグルの城には俺たち以外、誰も残っていないの?」

「いや、城兵の一部や、カナリー村の兵は残っている。ダックとその側近だけは、イグルを追って、ホウクの城に向かっているらしいが」

「——でも、俺たちがイグルの城に来るまでに、イグルたちにはすれ違わなかったよね?」

 そんな俺の問いに、トキが答えてくれた。

「ドーバ島には、南北を繋ぐ大きな街道が二つあります。東側のルートと、西側のルート。ユヅル様たちが北上してきたのが、東側のルート。イグルたちが南下しているのは西側のルートになります」

 なるほど、どうりですれ違わなかったわけだ。ホウクの城へは、西側のルートの方が近いという。
 
「それではゲン様、我々はさっそく同士を探しながら、東側のルートから南下することとします。ヨタカたちを引き連れて、必ずやホウクの城へと向かいます」

「ああ、分かった。それでは俺たちは西側のルートから南下する。必ず再開しよう」

 ゲンとトキは固い握手を交わした。
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