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カイト村とヨタカ

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「アトリっ!!」

 アトリの元に、俺とゲンが駆け寄った。クイナはアトリの口もとに付いた血を拭っている。

「大丈夫、呼吸はしている……多分、気を失っているだけだと思う」

 こんなにか細いクイナの声を聞くのは初めてだった。クイナはアトリの手を優しく握っていた。



「——あの、大丈夫でしょうか。宜しければ、療養するのに私たちの村を使ってください」

 カイト村まで案内してくれた、年長の男性だった。その後ろにも、カイト村の人たちがぞろぞろと集まってきている。アトリのためだろう、担架らしきものを持った者もいた。

「ああ、そうさせて貰えるとありがたい。出来るなら、彼女を村まで運んでくれないだろうか」

 ゲンが言うと、村の者たちは手際よくアトリを担架に乗せ村まで運んでいった。クイナもアトリに付き添って村に入っていく。

「あと、村の近くに二体ほど魔物がいると思うんだが、どんな魔物だろう?」

 ゲンが聞くと、村人たちは驚いた。

「な、なぜ、それをご存じで……確かに、二体。大きなネズミのような魔物と、カエルのような魔物です」

「ありがとう。では、ここにいるユヅルとそれを退治したら、改めて村にお邪魔させてもらう」
 
 確かに、その二体なら俺たちだけで問題無く倒せるだろう。そして、無事にその魔物を退治すると、日が暮れかかったカイト村に入った。

 

「クイナ、アトリの状態はどうだ?」

 アトリが休ませて貰っている部屋に入った。クイナはベッドで横になるアトリに付き添っている。

「——この薬、やっぱ凄いんだな。部屋に着いてすぐは、苦しそうな表情をしてたけど、今は普通に寝てる時の顔になってる。多分だけど、起きたら元気になってるんじゃないかな……」

 確かに、今のアトリはただ眠っているだけのように見える。先日はクイナで、今日はアトリ……そう言えば、リアルで女子の寝顔を見たことって、あっただろうか。

 コン、コン、コン。

 その時、部屋をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 ゲンが言うと、20代後半くらいの男が入ってきた。身体は逞しく、その上知的なイメージを醸し出している。

 だが……

 彼の右腕は、肘から下が無かった。
 
「ゲン様、はじめまして。カイト村のヨタカと申します。この度は大蛇はじめ、数々の魔物を退治してくれたこと、心より感謝申し上げます」

 ヨタカという男は、頭を深く下げてそう言った。

「いやいや、魔物討伐は俺たちのミッションなんだ。今回はたまたま、カイト村にいた魔物を倒しただけという事。気にしなくていい」

「——それは、恐れ入ります。それと、彼女は大丈夫なのでしょうか……? 私は村にいて見ていなかったのですが、吐血をされたとか……」

「ああ……起きてみないと分からないが、多分大丈夫だろう。彼女たちはとても頑丈に出来ているので」

 クイナは小声で「頑丈って何だよ」と笑った。確かにそうだ。

「後ほど、お礼を兼ねた食事会を開きたいと思うので、是非参加いただければ。
——あと、その前に込み入った話がしたいのですが、大丈夫でしょうか?」

 ヨタカはゲンを真っ直ぐに見つめながらそう言った。


「ああ、もちろん。——で、大事な話とは?」

「はい。——大変失礼ながら、一つ質問をさせてください。北のイグル様と、南のホウク様。ゲン様たちは、このお二方についてどう思われますか?」

 これはかなり難しい質問だった。カイト村の人々が、イグルたちに忠誠を誓っているのか、その逆なのかで、話が大きく変わる。ゲンもどう答えるか迷っているのだろう、なかなか答えることが出来なかった。

「——ゲン、言っちゃえよ。アタシたちはホウクたちをやっつけるんだって」

 沈黙に耐えられなかったのか、クイナが言った。ヨタカは驚いた顔で俺たちを見ている。

「そ、それは本当ですか……? ホウクたちをやっつけるというのは……?」

「——ああ、今すぐでは無いが本当だ。もし、カイト村がイグルやホウクたちに忠誠を誓っているのなら、迷惑にならないよう今すぐ出て行く」

「い、いや、違う……全く逆です。私はあなたたちのような人を待っていた。村の幸せや発展を踏みにじる、イグルやホウクを私は許せないのです。あなたたちの活躍を聞いて、この人たちとなら一緒に倒せるんじゃないか、そう思ったのです」

 ヨタカは俺たちの目を真っ直ぐに見ながら言った。

 カイト村もラーク村やアウル村同様、優秀な人材は強制的に連れて行かれるという話だった。不幸な事にカイト村は、イグルの城とホウクの城の中間に位置している。酷い時には、イグルとホウクで人材を取り合うこともあったという。

「取り合いまであったのか……それは辛いな。俺たちはホウクにしか会った事がないんだが、イグルも同じような奴なんだろうか?」

 そう言えば、クイナとアトリもイグルは見たことが無いと言っていた。

「イグルの方が頭が切れる印象です。ホウクとその部下たちは力で押し切ろうとしますが、イグルはその辺り柔軟です。まあ、それがかえって厄介なのですが……あと違いと言えば、ホウクと違ってイグルは女性を連れ帰ることはあまり無いように思います。その点に関しては、恨みは買いにくいのかもしれません」

「もしかして、北部の村ではイグルに忠誠を誓っている村が多いとか?」

「表向きはそう見えます。実際はどうなのかは、私も分かりかねますが……私が今話した事は、カイト村の中でも一部の者にしか言っていません。外部の人にこんな話をしたのは、初めての事です」

「大変失礼な事を聞くのだが、もしかしてその右腕は……」

 ゲンはカイトの右肘から下が無い腕を見て言った。

「さすが、ゲン様……多分、想像されている通りです」

「——わ、分からないぞ、もしかしてって何だよ!」

 クイナが言った。俺も同じだ、何のことだか全く分からない。

「何年前でしょうか……実は、私にもイグルから招集の声が掛かったのです。今のユヅル様やクイナ様くらいの歳だったと思います。その時既に、イグルをいつか倒すと私は決めていました。大好きだった兄や、友人たちとも引き離されていきましたから……その為には、絶対にこの村に残っていなくてはいけない。その決意の表れが、この腕です」

「もっ、もしかして、自分で自分の腕を……?」

「——ええ、そうです。イグルたちには獣に襲われたと嘘を付きました。この腕では、剣も持てないし、字も書けません。イグルたちは私を諦めました」

 クイナは握ったアトリの手を、瞬きもせずジッと見つめている。その内、クイナの唇が震えだした。

「ア、アタシくらいの歳でそんな事をやったのか……なるよ……アタシは絶対、ヨタカたちの力になる……」

 クイナは泣いていた。だが、俺から言わせれば、自ら生け贄に手を上げたクイナも全く変わらない。

 俺の胸を一杯にしているこの感情、この記憶だけでも持って帰れないだろうか?

 俺はふと、そんな事を思った。
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