古代の生け贄少女を救って、一緒に魔物討伐に出る物語!

靣音:Monet

文字の大きさ
上 下
20 / 36

カイト村とヨタカ

しおりを挟む
「アトリっ!!」

 アトリの元に、俺とゲンが駆け寄った。クイナはアトリの口もとに付いた血を拭っている。

「大丈夫、呼吸はしている……多分、気を失っているだけだと思う」

 こんなにか細いクイナの声を聞くのは初めてだった。クイナはアトリの手を優しく握っていた。



「——あの、大丈夫でしょうか。宜しければ、療養するのに私たちの村を使ってください」

 カイト村まで案内してくれた、年長の男性だった。その後ろにも、カイト村の人たちがぞろぞろと集まってきている。アトリのためだろう、担架らしきものを持った者もいた。

「ああ、そうさせて貰えるとありがたい。出来るなら、彼女を村まで運んでくれないだろうか」

 ゲンが言うと、村の者たちは手際よくアトリを担架に乗せ村まで運んでいった。クイナもアトリに付き添って村に入っていく。

「あと、村の近くに二体ほど魔物がいると思うんだが、どんな魔物だろう?」

 ゲンが聞くと、村人たちは驚いた。

「な、なぜ、それをご存じで……確かに、二体。大きなネズミのような魔物と、カエルのような魔物です」

「ありがとう。では、ここにいるユヅルとそれを退治したら、改めて村にお邪魔させてもらう」
 
 確かに、その二体なら俺たちだけで問題無く倒せるだろう。そして、無事にその魔物を退治すると、日が暮れかかったカイト村に入った。

 

「クイナ、アトリの状態はどうだ?」

 アトリが休ませて貰っている部屋に入った。クイナはベッドで横になるアトリに付き添っている。

「——この薬、やっぱ凄いんだな。部屋に着いてすぐは、苦しそうな表情をしてたけど、今は普通に寝てる時の顔になってる。多分だけど、起きたら元気になってるんじゃないかな……」

 確かに、今のアトリはただ眠っているだけのように見える。先日はクイナで、今日はアトリ……そう言えば、リアルで女子の寝顔を見たことって、あっただろうか。

 コン、コン、コン。

 その時、部屋をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 ゲンが言うと、20代後半くらいの男が入ってきた。身体は逞しく、その上知的なイメージを醸し出している。

 だが……

 彼の右腕は、肘から下が無かった。
 
「ゲン様、はじめまして。カイト村のヨタカと申します。この度は大蛇はじめ、数々の魔物を退治してくれたこと、心より感謝申し上げます」

 ヨタカという男は、頭を深く下げてそう言った。

「いやいや、魔物討伐は俺たちのミッションなんだ。今回はたまたま、カイト村にいた魔物を倒しただけという事。気にしなくていい」

「——それは、恐れ入ります。それと、彼女は大丈夫なのでしょうか……? 私は村にいて見ていなかったのですが、吐血をされたとか……」

「ああ……起きてみないと分からないが、多分大丈夫だろう。彼女たちはとても頑丈に出来ているので」

 クイナは小声で「頑丈って何だよ」と笑った。確かにそうだ。

「後ほど、お礼を兼ねた食事会を開きたいと思うので、是非参加いただければ。
——あと、その前に込み入った話がしたいのですが、大丈夫でしょうか?」

 ヨタカはゲンを真っ直ぐに見つめながらそう言った。


「ああ、もちろん。——で、大事な話とは?」

「はい。——大変失礼ながら、一つ質問をさせてください。北のイグル様と、南のホウク様。ゲン様たちは、このお二方についてどう思われますか?」

 これはかなり難しい質問だった。カイト村の人々が、イグルたちに忠誠を誓っているのか、その逆なのかで、話が大きく変わる。ゲンもどう答えるか迷っているのだろう、なかなか答えることが出来なかった。

「——ゲン、言っちゃえよ。アタシたちはホウクたちをやっつけるんだって」

 沈黙に耐えられなかったのか、クイナが言った。ヨタカは驚いた顔で俺たちを見ている。

「そ、それは本当ですか……? ホウクたちをやっつけるというのは……?」

「——ああ、今すぐでは無いが本当だ。もし、カイト村がイグルやホウクたちに忠誠を誓っているのなら、迷惑にならないよう今すぐ出て行く」

「い、いや、違う……全く逆です。私はあなたたちのような人を待っていた。村の幸せや発展を踏みにじる、イグルやホウクを私は許せないのです。あなたたちの活躍を聞いて、この人たちとなら一緒に倒せるんじゃないか、そう思ったのです」

 ヨタカは俺たちの目を真っ直ぐに見ながら言った。

 カイト村もラーク村やアウル村同様、優秀な人材は強制的に連れて行かれるという話だった。不幸な事にカイト村は、イグルの城とホウクの城の中間に位置している。酷い時には、イグルとホウクで人材を取り合うこともあったという。

「取り合いまであったのか……それは辛いな。俺たちはホウクにしか会った事がないんだが、イグルも同じような奴なんだろうか?」

 そう言えば、クイナとアトリもイグルは見たことが無いと言っていた。

「イグルの方が頭が切れる印象です。ホウクとその部下たちは力で押し切ろうとしますが、イグルはその辺り柔軟です。まあ、それがかえって厄介なのですが……あと違いと言えば、ホウクと違ってイグルは女性を連れ帰ることはあまり無いように思います。その点に関しては、恨みは買いにくいのかもしれません」

「もしかして、北部の村ではイグルに忠誠を誓っている村が多いとか?」

「表向きはそう見えます。実際はどうなのかは、私も分かりかねますが……私が今話した事は、カイト村の中でも一部の者にしか言っていません。外部の人にこんな話をしたのは、初めての事です」

「大変失礼な事を聞くのだが、もしかしてその右腕は……」

 ゲンはカイトの右肘から下が無い腕を見て言った。

「さすが、ゲン様……多分、想像されている通りです」

「——わ、分からないぞ、もしかしてって何だよ!」

 クイナが言った。俺も同じだ、何のことだか全く分からない。

「何年前でしょうか……実は、私にもイグルから招集の声が掛かったのです。今のユヅル様やクイナ様くらいの歳だったと思います。その時既に、イグルをいつか倒すと私は決めていました。大好きだった兄や、友人たちとも引き離されていきましたから……その為には、絶対にこの村に残っていなくてはいけない。その決意の表れが、この腕です」

「もっ、もしかして、自分で自分の腕を……?」

「——ええ、そうです。イグルたちには獣に襲われたと嘘を付きました。この腕では、剣も持てないし、字も書けません。イグルたちは私を諦めました」

 クイナは握ったアトリの手を、瞬きもせずジッと見つめている。その内、クイナの唇が震えだした。

「ア、アタシくらいの歳でそんな事をやったのか……なるよ……アタシは絶対、ヨタカたちの力になる……」

 クイナは泣いていた。だが、俺から言わせれば、自ら生け贄に手を上げたクイナも全く変わらない。

 俺の胸を一杯にしているこの感情、この記憶だけでも持って帰れないだろうか?

 俺はふと、そんな事を思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住
キャラ文芸
 それは、持て余すほどに甘く、切ない恩返し——。  憑依体質に侵されている齢十七の岬は、たった一つの居場所であった母を失い、あの世へ逝くことを望んでいた。 「(私はもう……生きる理由なんてないんだよ)」 「阿呆、勝手に逝くな」  しかし、突如現れた怪しげな男はそれを許さない。見目麗しいその男は、母と育てていた鈴蘭の化身・厘。“妖花“ という名のあやかしだった。  厘の使命は、憑依によって削られていく精気を「キス」で注ぎ、岬の命をつなぎとめること。 「もう、失いたくない」   そして、ぶっきら棒で庇護欲溢れるあやかしと暮らすうち、岬は生きる意味を取り戻していく。しかし、憑依に係るトラブルは次第に厄介なものへと変化していき——。  生きる意味を失った少女と、"恩返し"に勤しむあやかし。憑依の謎に迫りながら繰り広げる、絆と愛の物語。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...