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流星群

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「おーい、ウェン爺さんが来たぞ!!」

 村の若い者が、ウェン爺さんを連れて集会所にやってきた。クイナが会いたいと楽しみにしていた老人だ。ウェン爺さんは杖を突きながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「ウェン爺さん、会いたかったぞ!!」

 クイナは席を立ち、ウェン爺さんに抱きついた。

「クイナ……アトリもこっちにおいで……よく生きていたなお前たち……奇跡が起こることもあるんじゃな……」

 ウェン爺さんは二人の肩を抱き、目を赤くしていた。

「ウェン爺! アタシたちはこの人たちに助けて貰ったんだ! ここにいる、ゲンとユヅルだ!」

「そうなんです! この方たちは神の使いなんです! 私たちを生け贄から解放してくれました!」

 クイナとアトリが言うと、ウェン爺さんは俺たちを見た。何故か、その表情はみるみると曇っていく。

「そうか、それは良かった……この子たちを助けてくれて、ありがとう……まあ、今日はゆっくりしていってくだされ……
——クイナ、アトリ。すまんが、調子が良くないので、これにて失礼するよ」

 ウェン爺さんはそう言うと、集会所を出て行こうとした。

「ウェン爺さん! クイナたちも久しぶりに来てくれたんです。もう少し、ゆっくりされてはいかがですか」

 セッカおばさんは引き留めようとしたが、ウェン爺さんは静かに首を横に振った。そして、しずしずと集会所を出て行ってしまった。

「ごめんなさい、ゲン様、ユヅル様……きっと、クイナとアトリの事が好きすぎて、あんな態度になったと思うんです」

「いえいえ、気になさらないでください。私たち、よそ者が大きな顔をしてしまって、申し訳ない。お爺さんの気持ちも分かります。
——クイナ、アトリ。明朝、お前たちだけでもう一度爺さんに会ってこい」 

 ゲンが言うと、二人は頷いた。



「——少し聞いて貰っていい?」

 セッカおばさんは椅子に掛けると、静かに話し始めた。
 
「クイナとアトリが生け贄になると知った日、みんな泣いたの。もちろん私も、声を上げて泣いたわ。——でもね、ウェン爺さんだけは泣かなかった。彼女たちはまだ生きている、泣く前にする事があるだろうって」

 もちろん、この話はクイナもアトリも知らない。村の人たちも話を止めて、セッカおばさんの話に耳を傾ける。

「そして次の日、ウェン爺さんは一人で出掛けたわ。ホウク様のお城へ。あなたたちの代わりに、自分が生け贄になると言って」

 アトリは目を見開いて、手で口を覆った。

「ウェン爺、杖を突いて、あんな遠い場所まで一人で歩いたのか!? 誰も止めなかったのかよ!!」

 クイナの声が震えている。今までに聞いたことの無いクイナの声だった。

「自分以外は、絶対に生け贄にさせたくなかったのよ……だから一人で行ったんだと思う……なのに、ホウク様に会うことも敵わず、門番に追い返されてしまって……」

 セッカおばさんがの頬に涙が伝う。それはクイナもアトリも同じだった。

 自分の命をかけても、救えなかったクイナたちの命。それを、突然現れた俺たちが救ってしまった。ウェン爺さんは、自分の無力さを恥じたのかもしれない。

 だが、それは違う……

 ウェン爺さんの起こした行動と、俺たちがやった事……

 本当の強さと優しさはどちらだろうか?

 そんなもの、比べるまでもなかった。


***

 
 ウェン爺さんが部屋を出てすぐは、静まりかえっていた集会所だったが、次第に賑やかさを取り戻していた。

 既にクイナとアトリの周りには、子供たちの輪が出来ている。二人が住むラーク村でもそうだが、ここアウル村でも彼女たちは大人気だ。

「よしっ! 良いものを見せてやる、みんなで外に出よう!!」

 クイナはそう言うと、子供たちだけではなく、全員を引き疲れて村の広場へと向かった。日はすっかりと落ち、空には満点の星空が広がっている。

「……と、その前に」
 
 クイナは広場の手前にある、一軒の家のドアをノックした。

「ウェン爺! プレゼントがあるから出てきてくれ! こんなの一生見れないぞ!」

 クイナは大声でそう言うと、近くにいた少年たちを呼んで耳打ちをした。その少年たちは勝手に家のドアを開け、中からウェン爺さんを引っ張り出してきた。笑顔の少年たちに支えられたウェン爺さんは、随分と柔らかい表情になっている。

「よし! 皆揃ったな! 瞬きせずに見ておけよ!!」

 そう言ったクイナは、広場の真ん中に出ると華麗な後方宙返りを見せた。

 クイナの足のつま先からは、夜空に輝く鮮やかな虹が描き出される。

 その虹は空高くどこまでも広がり、子供たちは見えなくなるまで目で追った。

「おおおーーー!!!」

 子供も大人も大歓声を上げた。もちろん、ゲンも俺もだ。

 ウェン爺さんに目をやると、隣の少年たちと変わらぬ笑顔で空を見上げていた。



「じゃ、私もやりますか!」

 今度はアトリが広場の真ん中に出た。

「北部でもめったに降らない雪!! 見たことある子はいるかな!?」

 アトリはそう言うと、天に向けて杖を振り上げた。

 杖の先からは、銀色に輝く光のつぶが、猛烈な勢いで天に昇ってゆく。

 そしてその勢いが止まると、今度は地上にフワフワと輝きながら落ちてきた。

 子供たちは、その輝きを追う。きっと、その雪は掴めない。しかし、誰もが懸命にその雪を追っていた。



「よし、次は俺か……」

 ゲンはそう言うと、広場の真ん中へと進んで行った。

 え……? ゲンもやるの? って事は……

 ——ちょ、ちょっと待って! 俺は剣しか出せないんですけど……!?

「アウル村のみんな! 今日は歓迎会を開いてくれてありがとう! 今から『花火』ってものを打ち上げる! 楽しんでくれると嬉しい!」

 ゲンは大声で感謝を伝えると、空に向けて花火を打ち上げた。

 ドーン! ドーン! ドーン! ドーン!

 二つの筒から交互に打ち上げた花火は、四方の空を鮮やかに染めた。子供も大人も、皆が口を大きく開けて空を見ている。

「よしっ、これが最後だ!!」

 ゲンはそう言うと、縦に接続した大筒を天に向けた。

 打ち上がった花火は腹に響く轟音と供に、空全面を覆っていく。現代に生きる俺でも、ここまで大きな花火は見たことが無かった。



 ゲンの花火に対する大歓声が静まると、皆の視線は俺に集まった。子供たちの期待に輝く目が、無言の圧力となって俺を襲う。俺は覚悟を決めて、広場の真ん中に出た。

「み、皆さん! 今日はありがとうございました! 正直、俺のは一番つまらないと思うけど、一生懸命やります!」

 俺は天に届くほど長く、広場を照らすほどの輝く剣を生成し、それを天に向けた。

 …………

 クイナやアトリ、ゲンへの歓声と違い、静寂が辺りを包み込む。

 もしかして、まだ次に何かがあるのかと待っているのだろうか……

 すまない、俺のショーはここで終わったと言っていい。ここで喜んでくれないと、もう見せ場は無いんだ……

 仕方なく俺は、「以上ですっ!!」と大声を上げ、剣を振り抜いた。

「おおおーーー!!!」

 ところが何故か、大歓声が起きている。

 空を見上げると、流れ星が次から次へと地上に向かって降り注いでいた。生まれて初めて見る、流星群だった。

「おー、なかなか持ってるじゃないかユヅル。村人は、ユヅルが流星群を呼び寄せたと思ってるだろうな」

 ゲンは笑って、俺の背中をポンと叩いた。いつの間にか、クイナとアトリも隣に来て、流星群を眺めている。


「——みんな、明日からは北へ向かうぞ。そして、魔物たちを全て退治する。そしたら、次は……」

 俺たち三人はゲンを見た。

「……次は何ですか? ゲン様」

「俺たちで……ホウクとイグルをやっつよう」

 クイナとアトリの目が大きく見開く。

 夜空の流星群をバックに、二人は大きく飛び跳ねた。
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