18歳(♂)の美人局

靣音:Monet

文字の大きさ
上 下
32 / 36

32_帰る場所

しおりを挟む
——————————
佑のところに何か連絡行ってないか? 響と連絡が取れないんだよ。
——————————

 大将からメッセージが届いた。もう仕込みに入る時間は過ぎている。響は店に顔を出していないのだろう。

——————————
はい、ないです。お店は大丈夫ですか?
——————————

——————————
千絵が出るって言ってるから、店の方は気にしなくても大丈夫だ。すまんな、休みの日だってのに。
——————————

 響から連絡が来ていないというのは嘘じゃ無い。だが、響が店に顔を出さない理由は知っている。

 僕のせいだ。

——————————
人手が必要だったら、また連絡ください。
——————————

 僕はそう返信すると、仕事帰りのサラリーマンでごった返す満員電車に乗りこんだ。

 僕の帰る場所は、今住んでいるマンションしかない。


 こだまの前は通らず、裏手からマンションに入った。鍵を開け、無音の自宅に入る。2Kという間取りながら、冷蔵庫と電子レンジくらいしかない殺風景な部屋だ。

 僕は寝袋の上で横になった。

 マンションの前を通る、車の音だけが聞こえる。

 あの日、香奈に声を掛けられなければ、今日の僕は何をしていただろうか。香奈に会っていなくても、僕はこだまで働いていたのだろうか。ふと、そんな思いが頭をよぎる。

 僕はきっと、こだまで働いていたと思う。

 そして今と同じように、料理に興味を持ち始めたはずだ。楽しいお客さんに囲まれ、接客は楽しいと感じただろう。そして、料理が上手な大将の事を尊敬し、今と同じように、響の事を大好きになっていたはずだ。

 涙が頬を伝っていた。

 明日、大将に店を辞める事を話そうと思う。

 響が店に出られないなら、僕が出てはいけない。あの店は、あくまでも大将たちの店だ。この街に来て、一番好きになったものを僕は手放さなくてはならない。

 仕方が無い、僕はそれだけの事をしてしまったのだから。


***


 ドンドン。ドンドン。

 少し乱暴に叩くドアの音で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。時間は23時。あと1時間も経てば、日付が変わる。

「佑……いないの……?」

 響の声だった。

 僕は鍵を開け、静かに扉を開いた。そこには目を腫らした響が立っていた。響から酒の匂いがする。どこかで飲んでいたのだろう。

 僕たちは黙って見つめ合った。言いたいこと、聞いて欲しい事は山ほどある。だけど、何から話し始めていいのか分からない。

「……どうして欲しい? 黙って帰って欲しい? 家に入って欲しい?」

 響は震える声でそう言うと、大きな目がみるみると潤みはじめた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

完結【R―18】様々な情事 短編集

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:39

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,434pt お気に入り:25,119

悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,222pt お気に入り:12,207

オトコの子/娘のおし○○! 社会科見学編

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:17

どうせならおっさんよりイケメンがよかった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:3,742

処理中です...