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12_大島さん
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秀利とランチに行った翌日、居酒屋こだまでちょっとした騒ぎがあった。
「佑くーん。いつものお願い」
常連の大島さんは席に着くなり、僕に声を掛けた。彼女がいつも飲むのは、酎ハイプレーン。「ありがとうございます、すぐお持ちしますね」と返事をし、響にオーダーを通した。
それから30分も経った頃だろうか。1人の女性が、慌ただしく店内に入ってきた。
「お母さん! どうして言うことを聞いてくれないのよ! お酒はダメだって言ったじゃ無いの!」
大島さんのテーブルの前で、彼女はそう言った。
そこから2人は言い合いになり、店内は騒然とした。
「お店にまで来て、恥ずかしい! お医者さんも一日一杯くらいだったら大丈夫って言ってたでしょ!」
「お母さん、それを守れるの? 守れているの? どうせ今日だって、何杯か飲んでるんでしょ!? 私だってお店にまで来て、こんな事言いたくないわよ!」
彼女の言うとおり、大島さんが飲んでいるのは2杯目の酎ハイプレーンだ。
「まあまあ、まあまあ……大島さんの娘さんですか? 居酒屋こだまの宮崎です。とりあえず、掛けてください」
カウンターから出てきた大将は彼女を椅子に座らせ、そして自身も隣に腰を掛けた。そこから3人は小声になり、殆ど話は聞こえなくなった。響はカウンターに入り、僕はオーダー、会計と走り回った。
閉店後、大将は僕と響を呼んだ。
「大島さんの件ありがとうな、色々フォローしてくれて。大島さん、『一日一杯くらいなら、飲んでいいって言われた』なんて言ってたけど、大丈夫なのかねぇ……」
そう言うと大将は、大きなため息をついた。
「嘘かもしれないんですか?」
「大島さんが一人で聞いてきた話らしい。娘さんが聞いた話とは違うんだと」
「そうなんだ……あと、『こだまに来るのはやめない!』って言い張ってたね。そこだけは聞こえたんだけど」
「ウチの店をそこまで思ってくれるのは嬉しいんだけどな……とりあえず、大島さんが来ても一日一杯しか出さないって、約束しちゃったから。そこだけ気をつけてくれるか? 2人とも」
僕たちは「はい」と返事をした。
「でもさあ、『もう一杯だけ!』とか言ってきそうだよねえ、大島さん」
「まあ、その時は俺に声をかけてくれ。娘さんの前で約束もしたし、そこは俺が責任取るから。……じゃ、片付け始めるか」
そう言った大将の顔は、少し疲れて見えた。
***
——————————
おはよう。思ったんだけどさ、秀利と会うときにボイスレコーダー持って行ってよ。どんな会話してるのか興味あって。まだ、お金残ってるよね?
——————————
金曜の朝、香奈からメッセージが届いた。ボイスレコーダー……正直、会話を録音されるのは乗り気になれなかった。
——————————
ずっと録音してたら、かなりのデータ量になりそうです。メッセージアプリで送信出来ないかもしれません。それと、僕と秀利さんしか知らないはずの事を、うっかり話してしまったりとか、大丈夫ですかね。
——————————
——————————
そういう考え方もあるか……うん、分かった。この話は無しにしよう。来週の水曜日はまだ約束してないよね? 今度は佑くんから誘ってみてくれる?
——————————
——————————
分かりました。隠し撮り迄にはまだ時間掛かりますか?
——————————
——————————
今の所、再来週の水曜日で考えてる。最近の秀利、明らかに変だから今スマホをのぞき見してもおかしくは無いんだけどね。
佑くん、なんか焦ってる?
——————————
こんな文字だけのやりとりでも、何かが伝わってしまうのだろうか。
正直なところ、今直ぐにでもこの計画から解放されたかった。今から無かった事にしてくれるのなら、お金が貰えなくても止めたいくらいだ。
——————————
店で働いてる人に会うことは無いと思うんですけど、店の常連さんにバッタリ出会ったら怖いなって思って……すみません。
——————————
——————————
確かに、お客さんとは会いたくないよね……とりあえず最短の計画では、もう一度ランチ。その次はホテルに行って欲しい。そして、もう一度ホテル。ホテルは計2回。2回とも探偵に写真を撮らせるから。
——————————
ホテル……行為はしなくてもいいと、香奈は言う。「心の準備が出来ていない」など、次から次へと引っ張ればいいと。行為の有無より、一緒にホテルに入ることが重要なのだと。
——————————
じゃ、秀利さんと会うのは、最短であと3回ですね。頑張ります。
——————————
僕のメッセージに、香奈は「期待してるよ」と返してきた。
「佑くーん。いつものお願い」
常連の大島さんは席に着くなり、僕に声を掛けた。彼女がいつも飲むのは、酎ハイプレーン。「ありがとうございます、すぐお持ちしますね」と返事をし、響にオーダーを通した。
それから30分も経った頃だろうか。1人の女性が、慌ただしく店内に入ってきた。
「お母さん! どうして言うことを聞いてくれないのよ! お酒はダメだって言ったじゃ無いの!」
大島さんのテーブルの前で、彼女はそう言った。
そこから2人は言い合いになり、店内は騒然とした。
「お店にまで来て、恥ずかしい! お医者さんも一日一杯くらいだったら大丈夫って言ってたでしょ!」
「お母さん、それを守れるの? 守れているの? どうせ今日だって、何杯か飲んでるんでしょ!? 私だってお店にまで来て、こんな事言いたくないわよ!」
彼女の言うとおり、大島さんが飲んでいるのは2杯目の酎ハイプレーンだ。
「まあまあ、まあまあ……大島さんの娘さんですか? 居酒屋こだまの宮崎です。とりあえず、掛けてください」
カウンターから出てきた大将は彼女を椅子に座らせ、そして自身も隣に腰を掛けた。そこから3人は小声になり、殆ど話は聞こえなくなった。響はカウンターに入り、僕はオーダー、会計と走り回った。
閉店後、大将は僕と響を呼んだ。
「大島さんの件ありがとうな、色々フォローしてくれて。大島さん、『一日一杯くらいなら、飲んでいいって言われた』なんて言ってたけど、大丈夫なのかねぇ……」
そう言うと大将は、大きなため息をついた。
「嘘かもしれないんですか?」
「大島さんが一人で聞いてきた話らしい。娘さんが聞いた話とは違うんだと」
「そうなんだ……あと、『こだまに来るのはやめない!』って言い張ってたね。そこだけは聞こえたんだけど」
「ウチの店をそこまで思ってくれるのは嬉しいんだけどな……とりあえず、大島さんが来ても一日一杯しか出さないって、約束しちゃったから。そこだけ気をつけてくれるか? 2人とも」
僕たちは「はい」と返事をした。
「でもさあ、『もう一杯だけ!』とか言ってきそうだよねえ、大島さん」
「まあ、その時は俺に声をかけてくれ。娘さんの前で約束もしたし、そこは俺が責任取るから。……じゃ、片付け始めるか」
そう言った大将の顔は、少し疲れて見えた。
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おはよう。思ったんだけどさ、秀利と会うときにボイスレコーダー持って行ってよ。どんな会話してるのか興味あって。まだ、お金残ってるよね?
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金曜の朝、香奈からメッセージが届いた。ボイスレコーダー……正直、会話を録音されるのは乗り気になれなかった。
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ずっと録音してたら、かなりのデータ量になりそうです。メッセージアプリで送信出来ないかもしれません。それと、僕と秀利さんしか知らないはずの事を、うっかり話してしまったりとか、大丈夫ですかね。
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そういう考え方もあるか……うん、分かった。この話は無しにしよう。来週の水曜日はまだ約束してないよね? 今度は佑くんから誘ってみてくれる?
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分かりました。隠し撮り迄にはまだ時間掛かりますか?
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今の所、再来週の水曜日で考えてる。最近の秀利、明らかに変だから今スマホをのぞき見してもおかしくは無いんだけどね。
佑くん、なんか焦ってる?
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こんな文字だけのやりとりでも、何かが伝わってしまうのだろうか。
正直なところ、今直ぐにでもこの計画から解放されたかった。今から無かった事にしてくれるのなら、お金が貰えなくても止めたいくらいだ。
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店で働いてる人に会うことは無いと思うんですけど、店の常連さんにバッタリ出会ったら怖いなって思って……すみません。
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確かに、お客さんとは会いたくないよね……とりあえず最短の計画では、もう一度ランチ。その次はホテルに行って欲しい。そして、もう一度ホテル。ホテルは計2回。2回とも探偵に写真を撮らせるから。
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ホテル……行為はしなくてもいいと、香奈は言う。「心の準備が出来ていない」など、次から次へと引っ張ればいいと。行為の有無より、一緒にホテルに入ることが重要なのだと。
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じゃ、秀利さんと会うのは、最短であと3回ですね。頑張ります。
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僕のメッセージに、香奈は「期待してるよ」と返してきた。
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