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09_秀利
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秀利は歩を緩めると、ポケットからスマホを取り出した。何やら検索を始めたようだ。誰かが聞いている訳でも無いのに、「うーん」などと独り言を呟く。ここは、僕が声を掛けた方がいいのだろうか。そんな迷いが出始めた頃、秀利の方から声を掛けてきた。
「お、お兄さん。この辺りで、良い感じのバーとか知りませんか?」
「……バーですか? ここの路地裏にオシャレな感じのバーならありますけど。……良ければ、ご案内しましょうか」
僕が言うと、秀利は強ばった笑みで「是非!」と答えた。彼もまた、緊張していたのかもしれない。
「ここの2階です。僕は入ったことは無いんですが、この道を通る度、素敵なお店だなあって」
道に面した部分は全てガラス窓になっており、一見オシャレな美容室にも見える。香奈から、「洋風居酒屋と近くの飲み屋は下見をしておいて」と指示されていたことが役に立った。
「あ、ああ……いい感じだねえ。ありがとう、お店まで連れてきて貰って。——そ、それと、もし時間あるなら、どう? お礼に一杯奢らせてもらったりとか?」
「い、いいんですか? 僕も前から興味あったんです、このお店」
そう答えると、秀利は上機嫌で僕を2階への階段へと促した。いける……この感じだと今日のミッションはクリア出来そうだ。
カウンター席に着くと、秀利は誰かにメッセージを送った。香奈へ「遅くなりそうだ」とでも、送っているのだろうか。そしてスマホをポケットにしまうと、僕に顔を向けた。
「突然ごめんね、付き合って貰う事になっちゃって。今日は何してたの? 誘っても大丈夫だった?」
「いえいえ、こちらこそ図々しく付いてきてすみません……知人と飲みに行く予定だったんですが、ドタキャンされてどうしよう、って考えてたとこだったんです。僕も助かりました」
「そっかー、それなら良かった。俺は……名前は秀利って言うんだけど、君は? 未成年じゃ無いよね?」
秀利は、「未成年」の部分だけは小声で訊いた。
「僕は佑って言います。歳は先日、二十歳になったばかりです」
「二十歳になってるんだね、良かった良かった。未成年の子を、こんな店に連れてきちゃったら大変だからね。お酒はどんなのがいい? あ、あとお腹は減ってない?」
「お酒は詳しくないんで、何か甘いお酒でもあれば……ご飯の方は大丈夫です、さっき食べたばかりなんで」
僕が答えると、秀利は嬉しそうにバーテンダーに声を掛けた。だが、実は食事は取っていない。緊張の余り、食欲が全く無かったのだ。
秀利は身分を明かさず、会話の多くは僕への質問となった。
「居酒屋でバイトしてるのかー。お客さんはどういう層なの? 佑くんなら人気あるでしょ?」
「お客さんは地元の常連さんが多いです。最近ではグルメサイトの点数を見て、遠くから来られる方も増えてるようですけど。人気ですか……常連のおばさんたちには、佑くん、佑くんって声を掛けられたりしますけどね」
そう言って僕はクスクスと笑った。初めてのカクテルは僕の体をフワフワとさせていた。
「やっぱりね! 佑くんなら人気あると思うよ、分かる分かる。おじさんたちは? 寄ってくる人とかいない?」
その瞬間、少し酔いが覚めた。出来るだけ、秀利が喜ぶような答えをしてあげるべきだろうか。
「おじさんですか……可愛いねとか、言われる事はありますけど。——きっと冗談だと思いますよ」
「いやいや、冗談だなんて事ないと思うよ。本気だよ、そのおじさんも。……そんな風に言われて、どう? 気持ち悪い?」
「気持ち悪いだなんて……嬉しいですよ、褒められると。誰に言われても」
僕が笑顔で返すと、秀利は満足そうに「そうかー、そうかー」と繰り返した。
***
駅のトイレでジャージを穿き、帰りの電車に乗り込んだ。リップグロスはバーで飲んでいる内に取れてしまったようだ。秀利と別れて直ぐ、香奈に送ったメッセージに返信が届いていた。
——————————
お疲れさま、佑くん。秀利から声かけてきて、連絡先も交換出来たなんて100点満点だよ! 秀利からも今から帰るって連絡あったとこ。私の前でどんな表情を見せるのか、今から楽しみ・笑 って事で、今日はここまで。緊急の連絡が無ければ、次は月曜の午前中にメッセージ入れるね。本当に今日はお疲れさま!
——————————
その直後、別のアプリにもメッセージが届いた。秀利からだ。
——————————
佑くん、今日は突然声かけたりしてごめんね。短い時間だったけど、本当に楽しかった。またこっちに出てくる事があれば教えて。ランチなんかだったらご馳走出来ると思います。あと、飲んでる時にも言ったけど、メッセージは平日の明るい時間が嬉しいです。ウチの奥さん、疑り深いから・笑 佑くんからのメッセージ待ってます。
——————————
とうとう、計画は進行し始めた。そんな僕は、少なからず胸を痛めていた。
秀利は想像していたより、優しい人だったからだ。
「お、お兄さん。この辺りで、良い感じのバーとか知りませんか?」
「……バーですか? ここの路地裏にオシャレな感じのバーならありますけど。……良ければ、ご案内しましょうか」
僕が言うと、秀利は強ばった笑みで「是非!」と答えた。彼もまた、緊張していたのかもしれない。
「ここの2階です。僕は入ったことは無いんですが、この道を通る度、素敵なお店だなあって」
道に面した部分は全てガラス窓になっており、一見オシャレな美容室にも見える。香奈から、「洋風居酒屋と近くの飲み屋は下見をしておいて」と指示されていたことが役に立った。
「あ、ああ……いい感じだねえ。ありがとう、お店まで連れてきて貰って。——そ、それと、もし時間あるなら、どう? お礼に一杯奢らせてもらったりとか?」
「い、いいんですか? 僕も前から興味あったんです、このお店」
そう答えると、秀利は上機嫌で僕を2階への階段へと促した。いける……この感じだと今日のミッションはクリア出来そうだ。
カウンター席に着くと、秀利は誰かにメッセージを送った。香奈へ「遅くなりそうだ」とでも、送っているのだろうか。そしてスマホをポケットにしまうと、僕に顔を向けた。
「突然ごめんね、付き合って貰う事になっちゃって。今日は何してたの? 誘っても大丈夫だった?」
「いえいえ、こちらこそ図々しく付いてきてすみません……知人と飲みに行く予定だったんですが、ドタキャンされてどうしよう、って考えてたとこだったんです。僕も助かりました」
「そっかー、それなら良かった。俺は……名前は秀利って言うんだけど、君は? 未成年じゃ無いよね?」
秀利は、「未成年」の部分だけは小声で訊いた。
「僕は佑って言います。歳は先日、二十歳になったばかりです」
「二十歳になってるんだね、良かった良かった。未成年の子を、こんな店に連れてきちゃったら大変だからね。お酒はどんなのがいい? あ、あとお腹は減ってない?」
「お酒は詳しくないんで、何か甘いお酒でもあれば……ご飯の方は大丈夫です、さっき食べたばかりなんで」
僕が答えると、秀利は嬉しそうにバーテンダーに声を掛けた。だが、実は食事は取っていない。緊張の余り、食欲が全く無かったのだ。
秀利は身分を明かさず、会話の多くは僕への質問となった。
「居酒屋でバイトしてるのかー。お客さんはどういう層なの? 佑くんなら人気あるでしょ?」
「お客さんは地元の常連さんが多いです。最近ではグルメサイトの点数を見て、遠くから来られる方も増えてるようですけど。人気ですか……常連のおばさんたちには、佑くん、佑くんって声を掛けられたりしますけどね」
そう言って僕はクスクスと笑った。初めてのカクテルは僕の体をフワフワとさせていた。
「やっぱりね! 佑くんなら人気あると思うよ、分かる分かる。おじさんたちは? 寄ってくる人とかいない?」
その瞬間、少し酔いが覚めた。出来るだけ、秀利が喜ぶような答えをしてあげるべきだろうか。
「おじさんですか……可愛いねとか、言われる事はありますけど。——きっと冗談だと思いますよ」
「いやいや、冗談だなんて事ないと思うよ。本気だよ、そのおじさんも。……そんな風に言われて、どう? 気持ち悪い?」
「気持ち悪いだなんて……嬉しいですよ、褒められると。誰に言われても」
僕が笑顔で返すと、秀利は満足そうに「そうかー、そうかー」と繰り返した。
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駅のトイレでジャージを穿き、帰りの電車に乗り込んだ。リップグロスはバーで飲んでいる内に取れてしまったようだ。秀利と別れて直ぐ、香奈に送ったメッセージに返信が届いていた。
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お疲れさま、佑くん。秀利から声かけてきて、連絡先も交換出来たなんて100点満点だよ! 秀利からも今から帰るって連絡あったとこ。私の前でどんな表情を見せるのか、今から楽しみ・笑 って事で、今日はここまで。緊急の連絡が無ければ、次は月曜の午前中にメッセージ入れるね。本当に今日はお疲れさま!
——————————
その直後、別のアプリにもメッセージが届いた。秀利からだ。
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佑くん、今日は突然声かけたりしてごめんね。短い時間だったけど、本当に楽しかった。またこっちに出てくる事があれば教えて。ランチなんかだったらご馳走出来ると思います。あと、飲んでる時にも言ったけど、メッセージは平日の明るい時間が嬉しいです。ウチの奥さん、疑り深いから・笑 佑くんからのメッセージ待ってます。
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とうとう、計画は進行し始めた。そんな僕は、少なからず胸を痛めていた。
秀利は想像していたより、優しい人だったからだ。
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