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02_本題
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新居への帰り道、僕はディスカウントストアへ寄った。米と鍋に食器、そして寝袋を購入するためだ。
実家でも米を炊くのは僕の仕事だった。おかずは父が買ってくる居酒屋料理。毎晩仕事帰りに居酒屋で飲み、何かしら包んで持ち帰ってくれた。だが、遅い日もあれば、帰ってこない日もある。僕が小学生の時に母が家を出てからは、毎晩こんな感じだった。
寝袋を買った理由は、布団に比べて安かったからだ。場所を取らないのも良い。昨晩は本当に冷えた。4月と言えど、夜は寒い。
階段で202号室まで上がり、色のくすんだ鉄製のドアを開ける。間取りは2Kで、家賃は3万円。家賃が示すとおり、かなりくたびれたマンションだ。
ただ、古いながらもエアコンと、キッチンにはガスコンロが付いている。これなら米も炊きやすい。次は小さな冷蔵庫とレンジを買おうと思う。リサイクルショップで見て来たが、驚くほど安かった。
家を出る際、30万円以外に父が与えてくれたものがある。父のお下がりのスマホだ。僕にとっては、初めての携帯になる。そのスマホが使えるよう、回線の契約に行ったのだが、追い返されたのがついさっきの事だ。
だが、少しばかり幸運な事があった。真下の1階にある居酒屋のWI-FIが、パスワード無しでここまで飛んでいたのだ。早速、気になっている事を検索してみた。
『詐欺 一人暮らし』『詐欺 携帯 契約』『詐欺 女性っぽい男』『詐欺 男の娘』
色んなワードで検索をかけてみたが、ピンとくるものは無かった。やはり、明日話を聞くまでは分からないようだ。
***
翌日。
銀行口座開設の申し込みを終え、集合場所の喫茶店へ向かう。だが、待ち合わせ時間になっても彼女は来ない。
『もしかして、揶揄われただけだったのかもしれない……』
そんな風に思った頃、彼女は喫茶店前に現れた。
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃって。今日は別の喫茶店行こうか。付いてきて」
僕の返事を待たず、彼女はさっさと歩きだす。駅とは反対の方向だ。少し寂れた通りに入っていった。
「最近はね、タバコ吸えるとこ本当に減っちゃったから。家では吸わない女の設定になってるからね。本当に大変」
「……えーと、そう言えば、まだお名前聞いてなかったんですけど」
「あら! そうだった? ごめんごめん、涼香って言うの。涼しい香りって書いて、涼香」
「涼香さん……ですか。で、吸わない女の設定って事は、結婚されてるんですか?」
「してるよ。佑くんにお願いしたいのは、それと関係あるの。なんだか想像つく?」
「な、なんでしょう……旦那さんの浮気を調べて欲しいとかですか?」
「んー、まあ普通そういう答えになっちゃうよね。——あ! あそこだ、あのお店」
そう言うと、涼香は喫茶店の看板を指さした。
この喫茶店の先客は1人だけだった。その客も煙をくゆらせている。
「よく来られるんですか? この喫茶店には」
「ううん、初めて。喫煙可の店探してたらこの喫茶店が出てきたの」
そう言うと、涼香は席に着くなりタバコに火を付けた。これだけのヘビースモーカーが、家ではタバコを吸わない女性を演じているという。僕はタバコを吸ったことは無いが、きっと大変な事だと思う。
「旦那さんにバレたりしないんですか? 喫煙者だってこと?」
「さあ、どうだろうね。女性とキスしたのも私が初めてだって言ってたし、気付いてないんじゃないかな。ちょっと抜けてるのよ、基本的に」
そう言うと、涼香は自分のセリフにフフフと笑った。そして、コーヒーとコーラを注文し終わると、声を潜めて話し出した。
「——で、今日こそ本題に入るわね」
僕はゴクリと喉を鳴らして、次の言葉を待った。
実家でも米を炊くのは僕の仕事だった。おかずは父が買ってくる居酒屋料理。毎晩仕事帰りに居酒屋で飲み、何かしら包んで持ち帰ってくれた。だが、遅い日もあれば、帰ってこない日もある。僕が小学生の時に母が家を出てからは、毎晩こんな感じだった。
寝袋を買った理由は、布団に比べて安かったからだ。場所を取らないのも良い。昨晩は本当に冷えた。4月と言えど、夜は寒い。
階段で202号室まで上がり、色のくすんだ鉄製のドアを開ける。間取りは2Kで、家賃は3万円。家賃が示すとおり、かなりくたびれたマンションだ。
ただ、古いながらもエアコンと、キッチンにはガスコンロが付いている。これなら米も炊きやすい。次は小さな冷蔵庫とレンジを買おうと思う。リサイクルショップで見て来たが、驚くほど安かった。
家を出る際、30万円以外に父が与えてくれたものがある。父のお下がりのスマホだ。僕にとっては、初めての携帯になる。そのスマホが使えるよう、回線の契約に行ったのだが、追い返されたのがついさっきの事だ。
だが、少しばかり幸運な事があった。真下の1階にある居酒屋のWI-FIが、パスワード無しでここまで飛んでいたのだ。早速、気になっている事を検索してみた。
『詐欺 一人暮らし』『詐欺 携帯 契約』『詐欺 女性っぽい男』『詐欺 男の娘』
色んなワードで検索をかけてみたが、ピンとくるものは無かった。やはり、明日話を聞くまでは分からないようだ。
***
翌日。
銀行口座開設の申し込みを終え、集合場所の喫茶店へ向かう。だが、待ち合わせ時間になっても彼女は来ない。
『もしかして、揶揄われただけだったのかもしれない……』
そんな風に思った頃、彼女は喫茶店前に現れた。
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃって。今日は別の喫茶店行こうか。付いてきて」
僕の返事を待たず、彼女はさっさと歩きだす。駅とは反対の方向だ。少し寂れた通りに入っていった。
「最近はね、タバコ吸えるとこ本当に減っちゃったから。家では吸わない女の設定になってるからね。本当に大変」
「……えーと、そう言えば、まだお名前聞いてなかったんですけど」
「あら! そうだった? ごめんごめん、涼香って言うの。涼しい香りって書いて、涼香」
「涼香さん……ですか。で、吸わない女の設定って事は、結婚されてるんですか?」
「してるよ。佑くんにお願いしたいのは、それと関係あるの。なんだか想像つく?」
「な、なんでしょう……旦那さんの浮気を調べて欲しいとかですか?」
「んー、まあ普通そういう答えになっちゃうよね。——あ! あそこだ、あのお店」
そう言うと、涼香は喫茶店の看板を指さした。
この喫茶店の先客は1人だけだった。その客も煙をくゆらせている。
「よく来られるんですか? この喫茶店には」
「ううん、初めて。喫煙可の店探してたらこの喫茶店が出てきたの」
そう言うと、涼香は席に着くなりタバコに火を付けた。これだけのヘビースモーカーが、家ではタバコを吸わない女性を演じているという。僕はタバコを吸ったことは無いが、きっと大変な事だと思う。
「旦那さんにバレたりしないんですか? 喫煙者だってこと?」
「さあ、どうだろうね。女性とキスしたのも私が初めてだって言ってたし、気付いてないんじゃないかな。ちょっと抜けてるのよ、基本的に」
そう言うと、涼香は自分のセリフにフフフと笑った。そして、コーヒーとコーラを注文し終わると、声を潜めて話し出した。
「——で、今日こそ本題に入るわね」
僕はゴクリと喉を鳴らして、次の言葉を待った。
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