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*夜は明けずとも、二人なら

「待、て、な、い」

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竹筒を受け取ったまま、百合子の顔が背中に伏せられたのを感じ、闘十郎とうじゅうろうは笑って言った。

「水がひとりで飲めぬのなら、またわしが口移しで飲ませるかのう?」

背中越しに、百合子が息をつめたのが伝わる。次いで、盛大な溜息が漏れ聞こえた。

それ・・もか……」
「ソレもじゃ!」

闘十郎は、快活に笑い飛ばす。
それに対し百合子は、自身の失態を恥じ入るように押し黙ってしまった。

(少し戯れが過ぎたかの)

何も言わずに背負われたままの麗しき黒い“花嫁”に、慰めの言葉をかけようとした、その時。

「……闘十郎」

すっ……と、頬を伝い唇に伸びてくる、しなやかな白い指先。

「私に、飲ませてくれるんだろう?」

この口で、と。
耳もとで吐息と共にささやかれる、甘い欲望。

「……っ」

幾度となく告げられた、願いの形をとったねやへの誘い。
聞き慣れることもなく、闘十郎は思いきり、その身を跳ねさせた。

「わ、分かった。屋敷まではあと少しの辛抱じゃ。しばし待───」
「待、て、な、い」

言葉じりをさえぎった唇が、闘十郎の耳たぶに触れたかと思うと甘噛みされた。

(……まったく。百合はわしを困らせるのが得意なおなごじゃ)

本人の自己評価は「自分には色気がない」と言うが、闘十郎にとっては初めて出逢った時から、百合子という存在に惑わされっぱなしである。

ふっ……と、闘十郎の顔がほころんだ。

(百合を還さずに済んで、良かった)

彼女がこの“陽ノ元”に“召喚”され、それまで独りで背負っていたものを、いまはふたりで背負っている。

(なんという───僥倖ぎょうこうじゃ)

胸中で幸せをかみしめて、黒い“神獣”は黒い“花嫁”の望みを、叶える。

───あとには、月夜が照らす獣道と、冷たい風が吹き抜けるばかりだった。



      ─── 終 ───

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