【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

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*夜は明けずとも、二人なら

「ふたりで旅にでも出るかの」

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琥珀こはく色をした月が照らす夜道。
まだ肌寒さを感じさせる夜気だが、酒の入った身はあたたかく、また、背負うぬくもりも心地よい。

「……とぉじゅうろ……」

耳に落ちる呼びかけは、愛しい者の寝言。

初めて真名なまえが呼ばれた日のことは昨日のことのように思い返せるが、あれから随分と年月は経っている。

答えを要せずして、黒虎こくこは己のついとなる者に話しかけた。

「百合。良かったのう……」

白い“神獣”の“花嫁”が、この“下総ノ国”に誕生した。
一時はどうなることかと危ぶまれたが、これで助けられる命は格段に増えるはずだ。

「わしらが担う“役割”も確実に減るはずじゃ。……ふたりで旅にでも出るかの」

冗談まじりのつぶやきが口から漏れる。

まだ見ぬ土地へ、足を運ぶ。
黒い“神獣”とその“花嫁”としてではなく。ただの男と女として、この“陽ノ元”にある国々を巡るのも、いいかもしれない。

(わしも百合も、この日を待っていたのかもしれぬ)

“役割”に縛られない日が来ることを。背負う罪を本当の意味で償うことができる日を。

(夜の闇を歩き、非情の刀を振るうこと)

それが課せられた自分たちの“役割”は、『治癒と再生』を司どる白い“神獣”とその“花嫁”たちとは、真逆の存在だ。

いにしえから連綿と受け継がれてきたとはいえ、疑問に思わず手を下してきた訳ではない。

必要悪なのだとヘビ神である速男に諭された日もあった。
百合子を望んだのは、身勝手な想いであったのかと後悔した夜もあった。

けれども、そんな弱い“神獣じぶん”を支え、叱り、導いてくれたのは、他の誰でもない、おのが“花嫁”だったのだ。

「わしは、果報者じゃ」

ぽつり、つぶやいた直後。

「……さっきから、何を一人でぶつぶつ言っている」
「百合。目が覚めたのじゃな。……飲むか?」

玲瓏れいろうな声音が、いつもよりわずかにかすれている。腰に下げた水の入った竹筒を差し出せば、一瞬のち溜息が返された。

「…………私は、また・・やってしまったのか?」
「なに、皆も百合は酔うと可愛いと言っておったぞ」
「…………最悪だ…………」
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