【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

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肆 刻まれし罪

《三》本当の嫁にするなら【中】

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「私はこれからも、お前の側にる。この先も、お前と共に生きて行くのだ。それが、いまの私の望みだ。
……お前の望みは、何だ?」

穏やかな百合子の問いかけに、とまどったように、少年の漆黒の瞳が揺れる。

「わしは……」

互いに、相手の真意を探るように目を見交わしながらも、その実、見極めようとするは、己の心。

「わしは……おぬしの願いを叶えなければ……。いや、違う、そうではない。わしは……わしの、望み……?」

混乱した口調で話す黒い“神獣”の“化身”は、ややしばらくの間、自らの心のうちと向き合っているようだった。

やがて、さ迷わせた瞳を己が“花嫁”へと向ける。

「───わしは、百合が、欲しい」

ぎこちなく告げられた、真っ直ぐな想いの応え。百合子の胸をつらぬき、射止める真実まことの矢だった。

───彼に望まれなければ、自分がここにいる意味などない。

百合子の指先に、ふたたび強い想いの力が宿った───が。

「あ、いやっ……わしは、百合の望みを叶えるために存在するのであって……ほ、欲しいというのは、百合の心があって初めて成り立つもので───」

至近距離で見つめ合う状況と、いましがたの自身の発言内容を猛省するかのような、コクコのあわて振り。

冷静になったはずの百合子の胸のうちで、ふたたび荒波が立つ。

「お前という奴はっ……!」

気づくと百合子は、そんなコクコを力づくで板の間に引き倒していた。

「───……大事ないか、百合?」

わずかなのち、コクコが気遣わしげに言った。

百合子が感じた衝撃が思ったよりも少なく済んだのは、下敷きになったコクコがうまく受け身をとってくれていたからで。

「私のことより自分を心配しろ。
……無理やり倒してきた相手を、なぜ気遣うのだ」
「そうじゃのう……百合だからかもしれぬな」

ムッとして見下ろした先の少年は、困ったような笑みを浮かべる。
その笑みが、百合子のなかにあった強い感情と決意の引き金を、引く。

「わっ……」

コクコの短い叫びをよそに、百合子は彼の道着のえり元を開き、現れた鎖骨下に唇を寄せた。

「ゆゆゆ百合っ……!」

悲鳴のような呼び声と共に熱くなる肌に、吸い付く。
そうして百合子は、自身の想いを刻みつけた。

「……っ」

コクコが、息をついた。

もだえるような息づかいには、百合子を押し退けることへの葛藤がうかがえる。
百合子の両の二の腕にある、コクコの指先が震えているのが伝わった。

(どこまで甘い男なのだ)

腕力がないわけでも、体術に優れぬわけでもなかろうに。
それは、組み敷いた身体からも、先ほどの受け身の取り方からも分かるというものだ。

───百合子を、傷つけない。ただ、そのためだけに。

(そうだ。この男は……そういう男なのだ)

甘さは弱さともいえるかもしれない。
しかし百合子は、その『弱さ』が愛しいと思えてしまった。

「……お前が」

言いながら、コクコの身体に伏せた顔を上げ、百合子は自らが刻みつけた『痕』に触れる。

「これから先、残していいのは、私がつけたこの痕だけだ」

指先でなぞってみせる、赤い印。コクコの身が、びくっと跳ねた。

「……お前の罪は、私も背負う。これまでのものも、これから先のものも」
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