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肆 刻まれし罪
《二》非道な神の導き【転】
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(私は、彼のことをほとんど何も知らない)
そもそも、なぜ自分が“召喚”されたのかさえ、いまだ納得がいかない。
(だが)
知ってしまったこともある。
(彼が、独りで背負うものを)
百合子は、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、兄の最期の姿とコクという少年の横顔。
(私は、欲張りだったんだな……)
自嘲ぎみに笑いながら、百合子は自らを傍観者だと名乗る青年に目を向けて問う。
「私は兄上の命を救い、あのコクという少年の助けになってやりたい。どうすればいい?」
ふたつにひとつの道などと、そんな単純な選択はできなかった。
自分の心が進む道を決めるというのなら、最善の方法を取りたいと思うのは当然だ。
「我にそれを尋ねるか」
「あなたが言ったことだ。
私の心が進む道を決め、そしてあなたは未来のことも見届けられるのだろう?」
たたみかけるように問いかけると、ふむ、と、青年はうなずき返した。
「──汝の願いは、しかと受け取った。我の答えは、こうじゃ」
杖の先が、『小百合』のいた世界を突いた。水面に波紋が広がるように、景色がゆがむ。
「本来であれば“花嫁”として“召喚”された者は、その世界から当人が消え行くだけとなる。
しかし、汝が望むなら、汝の存在を【初めから無かったこと】にすることも、できる」
「……それで?」
「つまり、汝のいた世界から汝のいた事実を抹消することになるのだ。
これが、何を意味するか、汝に解るかのう?」
試すように挑むように、赤い瞳の青年が百合子を見た。
首をかしげつつ、百合子は思いついたことを口にする。
「……兄上の記憶から、私のことが抜け落ちる?」
「否」
短い言葉と共に、白い杖が振られ、ゆがんだ景色をふたたび突く。
すると、円のなかに兄と『小百合』の家族、それに見知らぬ少女が浮かび上がった。
「汝は初めから存在しないのだから、汝に関わったすべての存在の運命が、変わる」
青年の赤い瞳が、じっと百合子を見つめた。その眼差しに射抜かれて、百合子ははっとする。
「……兄上が、あのような凶行に及ぶことは、なくなる……?」
「汝に関わったことが因果の発端ならば、結末が変わることは必然であろうな」
希望の光を求めて見た赤い瞳に、百合子の反応を面白がるような色合いが浮かぶ。
「つまり───汝はこの“陽ノ元”で、黒い“花嫁”として生きることを選ぶ、ということとなる」
「分かった。それでいい」
それで、兄の命が救えるというのなら───。
百合子はそう思い、うなずいた。
「……潔いおなごよのう……」
青年の口から、そんなつぶやきがもれた。
「何?」
百合子の耳には青年の言葉はよく聞き取れず、眉をひそめたが返答はなかった。
代わりに、赤い瞳の眼光が百合子を捕らえた。凛とした声で放たれる、言霊の誓約と共に。
「汝の過去である『工藤小百合』という存在を、いまこの瞬間、我ヒノヤギハヤヲの名において、抹消することをここに誓おう。
汝はこれより先、ただの『百合子』として“下総ノ国”の黒い“神獣”の“花嫁”となるがよい」
コツン、と。
ふたたび床を杖が突くような音を最後に、百合子の意識は遠のいていった……。
そもそも、なぜ自分が“召喚”されたのかさえ、いまだ納得がいかない。
(だが)
知ってしまったこともある。
(彼が、独りで背負うものを)
百合子は、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、兄の最期の姿とコクという少年の横顔。
(私は、欲張りだったんだな……)
自嘲ぎみに笑いながら、百合子は自らを傍観者だと名乗る青年に目を向けて問う。
「私は兄上の命を救い、あのコクという少年の助けになってやりたい。どうすればいい?」
ふたつにひとつの道などと、そんな単純な選択はできなかった。
自分の心が進む道を決めるというのなら、最善の方法を取りたいと思うのは当然だ。
「我にそれを尋ねるか」
「あなたが言ったことだ。
私の心が進む道を決め、そしてあなたは未来のことも見届けられるのだろう?」
たたみかけるように問いかけると、ふむ、と、青年はうなずき返した。
「──汝の願いは、しかと受け取った。我の答えは、こうじゃ」
杖の先が、『小百合』のいた世界を突いた。水面に波紋が広がるように、景色がゆがむ。
「本来であれば“花嫁”として“召喚”された者は、その世界から当人が消え行くだけとなる。
しかし、汝が望むなら、汝の存在を【初めから無かったこと】にすることも、できる」
「……それで?」
「つまり、汝のいた世界から汝のいた事実を抹消することになるのだ。
これが、何を意味するか、汝に解るかのう?」
試すように挑むように、赤い瞳の青年が百合子を見た。
首をかしげつつ、百合子は思いついたことを口にする。
「……兄上の記憶から、私のことが抜け落ちる?」
「否」
短い言葉と共に、白い杖が振られ、ゆがんだ景色をふたたび突く。
すると、円のなかに兄と『小百合』の家族、それに見知らぬ少女が浮かび上がった。
「汝は初めから存在しないのだから、汝に関わったすべての存在の運命が、変わる」
青年の赤い瞳が、じっと百合子を見つめた。その眼差しに射抜かれて、百合子ははっとする。
「……兄上が、あのような凶行に及ぶことは、なくなる……?」
「汝に関わったことが因果の発端ならば、結末が変わることは必然であろうな」
希望の光を求めて見た赤い瞳に、百合子の反応を面白がるような色合いが浮かぶ。
「つまり───汝はこの“陽ノ元”で、黒い“花嫁”として生きることを選ぶ、ということとなる」
「分かった。それでいい」
それで、兄の命が救えるというのなら───。
百合子はそう思い、うなずいた。
「……潔いおなごよのう……」
青年の口から、そんなつぶやきがもれた。
「何?」
百合子の耳には青年の言葉はよく聞き取れず、眉をひそめたが返答はなかった。
代わりに、赤い瞳の眼光が百合子を捕らえた。凛とした声で放たれる、言霊の誓約と共に。
「汝の過去である『工藤小百合』という存在を、いまこの瞬間、我ヒノヤギハヤヲの名において、抹消することをここに誓おう。
汝はこれより先、ただの『百合子』として“下総ノ国”の黒い“神獣”の“花嫁”となるがよい」
コツン、と。
ふたたび床を杖が突くような音を最後に、百合子の意識は遠のいていった……。
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