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肆 刻まれし罪
《二》非道な神の導き【承】
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「私、なのか……?」
百合子は自分の身体を見下ろし、それから目の前の人物をもう一度見つめる。
鏡に映った己のようだが、わずかな違和感を伴い、百合子の心をざわつかせた。
「兄上、なぜこのような……!」
「────」
『小百合』の問いかけに、血まみれの手が上がり、彼女の頭を引き寄せる。
二言三言、何かを告げ『兄上』の唇が動いたのが分かったが、百合子の耳には届かなかった。
そして、力尽きたように落ちる、兄の指先。
目をみひらいた『小百合』が、懸命に兄の身体を揺さぶる。
「……兄上? 駄目です、兄上! しっかりなさってください!
あにうえ……っ、あにうえーっ……」
『小百合』の絶叫が、百合子の耳をつんざく。
魂が引き裂かれるような声に、百合子は思わず目をつむり、両腕で自らを抱きしめた。
(もし、あれが私なのだとしたら)
逃げだしたい衝動を抑え、必死に目をこらす。
背けてはいけない『現実』が、そこにあるのならば。
(私は、見届けなければならない)
そう思う百合子の前で、『小百合』がゆらりと立ち上がった。
何かを覚悟したような素振りで、こちらに向かい、歩いてくる。
暗い決意を秘めた眼差しと目が合ったような気がしたのは、一瞬。
『小百合』は、百合子の身体をすり抜けていってしまった。
「……っ、待て!」
気味の悪い感覚を絶ちきるように、百合子は『小百合』を呼び止めようとしたが、彼女には自分の姿も声も届かないようだった。
追いかけ、立ちはだかり、その身を止めようとしても───何も、できず。
『小百合』は百合子の見ている前で邸に火を放ち、そして。
『兄上』の側で、自らの命を絶ったのだった───。
慟哭が、百合子ののどを焼く。
喪失の悲しみと無力な己への憤りに、声がかすれ涙が尽きるまで泣き叫んだ。
やがて、耳鳴りと頭痛におそわれてうずくまる百合子に、先ほどの若い男の声が言った。
「これが、人間としての汝の最期」
コツン、と、百合子の側で床を鳴らすような音が響く。
「汝の【仮の伴侶から聞いた】汝の願いの行き着く先なのだ。
……人の命とは、あっけないものよのう」
まるで虫けらの最期をあざ笑うかのような、軽い調子の物言い。
そのひと言に、百合子のなかの感情に火がついた。
「あなたにいったい、私や兄上の……何が、解るというのだっ……!」
怒りのために震える身体と途切れ途切れになる声。
にらみつけた先の赤い瞳の青年の口に、笑みが浮かぶ。
「さてのう……汝ら兄妹の哀れな結末は知ってはおるが、別段、想い入れはないとしか言いようがあるまいな。
我はしょせん、過去を知り、現在をながめ、未来を見届ける存在にしか過ぎぬゆえ」
「──何が、言いたい?」
「我はあらゆる生命の円環を傍観するモノでしかないということだ。
汝の進む道を決めるは、汝の心次第」
白い杖が、宙にくるりと小さな円を描いた。
その円の大きさに合わせ、百合子───いや、『小百合』のいた世界が窓の外の景色のように現れた。
「人として生を終えるか、それとも」
反対側に向け、白い杖が振られる。
同様に、白い空間に違う景色が浮かびあがった。
「黒い“花嫁”として、生き続けるか」
半月にも満たないあいだ、黒い“神獣”と過ごした世界。
百合子は自分の身体を見下ろし、それから目の前の人物をもう一度見つめる。
鏡に映った己のようだが、わずかな違和感を伴い、百合子の心をざわつかせた。
「兄上、なぜこのような……!」
「────」
『小百合』の問いかけに、血まみれの手が上がり、彼女の頭を引き寄せる。
二言三言、何かを告げ『兄上』の唇が動いたのが分かったが、百合子の耳には届かなかった。
そして、力尽きたように落ちる、兄の指先。
目をみひらいた『小百合』が、懸命に兄の身体を揺さぶる。
「……兄上? 駄目です、兄上! しっかりなさってください!
あにうえ……っ、あにうえーっ……」
『小百合』の絶叫が、百合子の耳をつんざく。
魂が引き裂かれるような声に、百合子は思わず目をつむり、両腕で自らを抱きしめた。
(もし、あれが私なのだとしたら)
逃げだしたい衝動を抑え、必死に目をこらす。
背けてはいけない『現実』が、そこにあるのならば。
(私は、見届けなければならない)
そう思う百合子の前で、『小百合』がゆらりと立ち上がった。
何かを覚悟したような素振りで、こちらに向かい、歩いてくる。
暗い決意を秘めた眼差しと目が合ったような気がしたのは、一瞬。
『小百合』は、百合子の身体をすり抜けていってしまった。
「……っ、待て!」
気味の悪い感覚を絶ちきるように、百合子は『小百合』を呼び止めようとしたが、彼女には自分の姿も声も届かないようだった。
追いかけ、立ちはだかり、その身を止めようとしても───何も、できず。
『小百合』は百合子の見ている前で邸に火を放ち、そして。
『兄上』の側で、自らの命を絶ったのだった───。
慟哭が、百合子ののどを焼く。
喪失の悲しみと無力な己への憤りに、声がかすれ涙が尽きるまで泣き叫んだ。
やがて、耳鳴りと頭痛におそわれてうずくまる百合子に、先ほどの若い男の声が言った。
「これが、人間としての汝の最期」
コツン、と、百合子の側で床を鳴らすような音が響く。
「汝の【仮の伴侶から聞いた】汝の願いの行き着く先なのだ。
……人の命とは、あっけないものよのう」
まるで虫けらの最期をあざ笑うかのような、軽い調子の物言い。
そのひと言に、百合子のなかの感情に火がついた。
「あなたにいったい、私や兄上の……何が、解るというのだっ……!」
怒りのために震える身体と途切れ途切れになる声。
にらみつけた先の赤い瞳の青年の口に、笑みが浮かぶ。
「さてのう……汝ら兄妹の哀れな結末は知ってはおるが、別段、想い入れはないとしか言いようがあるまいな。
我はしょせん、過去を知り、現在をながめ、未来を見届ける存在にしか過ぎぬゆえ」
「──何が、言いたい?」
「我はあらゆる生命の円環を傍観するモノでしかないということだ。
汝の進む道を決めるは、汝の心次第」
白い杖が、宙にくるりと小さな円を描いた。
その円の大きさに合わせ、百合子───いや、『小百合』のいた世界が窓の外の景色のように現れた。
「人として生を終えるか、それとも」
反対側に向け、白い杖が振られる。
同様に、白い空間に違う景色が浮かびあがった。
「黒い“花嫁”として、生き続けるか」
半月にも満たないあいだ、黒い“神獣”と過ごした世界。
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