【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
19 / 29
肆 刻まれし罪

《一》赤い瞳が映したもの【後】

しおりを挟む
「これはこれは“下総ノ国”の黒いトラ神。しばらく見ぬ間に、また一段と男っぷりがあがったと見える」

常世と現世うつしよの中間に位置する“神獣ノ里”。

そこをべるヘビ神が住まう天空の宮を護り、仕えるのが、このシシ神の“化身”・猪子いのこであった。

「…………猪子殿は、お変わりなく。
こちらは我が“下総ノ国”でれたさち。お納めくだされよ」

自分を含めた“神獣”たちが特別な存在として従わざるを得ないのが、その頂点に立つヘビ神と側女そばめであるシシ神だ。

猪子のふくふくとした片手が、自らの口もとを隠した。

「ホホホホホ。相変わらず、律儀なこと。“花嫁”を迎えても生真面目なところは一向に変わらぬと見える。
もう少し角がとれても良さそうなものですが……ひょっとして、未だ“花嫁”と通じてはおられぬのでは?」

じっと向けられる細い目には、からかうような色が含まれている。

“花嫁”との仲を案じる振りをして、その実、その方面に疎い黒虎の反応を見て面白がるつもりなのだろう。

「……っ……それは……」

そうと解ってはいても熱くなる頬と、二の句が継げなくなる自分に、ホホホとシシ神がふたたび笑ってみせた。

「───カカ様なら、いつものところにおられますよ」

気取った女の声音が告げる許しに、黒虎はようやく天空の宮を後にするのであった。





「我の側に寄るでない! とっとと現世に帰れ!」

天空の宮から、目と鼻の先にある川べり。
釣る気もないのに竿を持ち、釣り糸を垂らしている者が、背中で言った。

「……まだ何も申しておりませぬが」
「うるさい、こわっぱ。
なんじが我の前に現れる時は、大っ概、しょーもない悩みを打ち明けにくる時ではないか!」

黒虎を振り返る、黒髪をみずらに結った青年の瞳は閉じられていた。

その瞳の色が赤いこと、また、『力』を遣う時以外は開かれないことは、黒虎も知っている。

つまり、視力を失っているわけではないので、周囲の様子も話しかけてきた者の姿も、この青年には【えて】いるのだ。

会うなり悪態をつかれることは承知の上。黒虎は、率直に自分の訪問理由を口にした。

此度こたびは仕様も無い悩みなどではなく、カカ様に願い奉りたきことあり、参った次第にございます」

───異世界から人を喚び、またその世界へと還す。
そんな力をもつ“神獣かみ”など、他に存在しない。
このヘビ神の“化身”である速男はやおだけだ。

「……ふん、願いと来たか。
どちらにせよ、面倒事には違いないではないか」

不愉快そうに鼻を鳴らし、速男はふたたび川面へと向き直った。

「まぁよい。我の気の変わらぬうちに申せ」
「はい」

うなずいて、黒い“神獣”は己の“花嫁”を元の世界へと還すための『力』を与えて欲しいと伝える。

“返還の儀”の手順や方法自体は、ここ“神獣の里”で生まれ育った際に、すでに教わっていた。
あとは、ヘビ神の許可と『力』の委譲だけだった。

「───……“花嫁”を還してやりたい。それが汝の願いだというのか」
「左様にございます」

間、髪をいれずに応えると、ふん、と、鼻であしらわれた。

ごとを申しよって」

突き放すように言い置いて、速男は釣竿を引くと黒虎を見ずに宮のほうへ歩きだした。
その背中に、あわてて声をかける。

「カカ様!」
「儀式に必要な物は猪子にそろえさせる。
……汝の願いは我に届いたのだ。もう用は無かろう。現世に帰れ」

そう言って、肩ごしに振り返るヘビ神の目は、開かれていた───赤い眼光は、力を遣った『あかし』。

(いったいカカ様は【何を視て】おられたのだ……)

自分に背を向け、水面に映した赤い瞳で。
過去も現在も、未来をも見通すことのできる、その力で───。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい

狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。 ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...