【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

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参 孤独な役割

《三》別れの刻限【後】

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(私を返そうしているのは、あやつにとって私が、必要ではないからではないのか?)

微笑みを浮かべ、自分を呼ぶコク。
優しい言葉で、自分と距離を置くコク。

「……私は、あと二日の意味が知りたいと言ったはずだ」

冷ややかに、百合子は美狗を見下ろした。

(本当に私が必要なら、なぜ己の口で言わないのだ!)

百合子を元の世界に返すこと───それが本当に百合子自身のためだと思っているのか。

近づこうとする百合子と、遠ざかろうとするコク。

(元の世界に返すというなら、コクはなぜ、私を“花嫁”にしたのだ)

「……明晩は、新月」

怒りをこらえるように、犬耳の女の声が低い音で告げる。


「“返還”を行うにふさわしい晩だとコク様よりうかがいました。
すなわち、百合様を元の世界へと返す準備が整うのが、明日の夜なのでございます」

百合子は、瞑目めいもくした───やはり、自分とコクとの別れの刻限だったのだ。

(なぜ、私の気持ちを勝手に決めつける……!)

いらだつ心は多分に悲しみを含み、百合子の抱える想いを複雑なものとする。

(私の進む道を決めるのは、私自身ではないか)

それがたとえ、端から見れば不幸に映ったとしても。
自分で決めた道ならば、自分で責任がとれるはず。

(なぜ、誰も彼も───)

そこまで考えて、百合子は己の思考がおかしいことに気づく。

(【誰も彼も】?)

コクが勝手に、百合子のためだと百合子を元の世界に返そうと考えていることに、腹を立てているはずだった。

だが、この感情は【他の出来事にも向けられている】気がした。

(いったい私は【何を】忘れているのだ?)

「……ッ!」

頭の奥で、警鐘が鳴り響く。これ以上、近づくなと。

御しがたい音は百合子の脳内を支配し、知りたいと思う百合子の心を締め出そうとする。

(……私は、何を……忘れている……?)

思考は記憶を呼び起こそうとするが、本能は【その記憶に触れるのは禁忌だ】とあらがい続ける。

「……はぁ、はぁ、……ッ」

突き刺さるような痛みに、百合子は自らの頭をかかえこんだ。

「百合様っ!?」

異変に気づいたらしい美狗の両手が、百合子を支える。

が。

───百合子が気力を保っていられたのは、そこまでであった。

深く……暗い谷底へと、まっ逆さまに落ちていくような感覚を最後に、百合子は意識を失ってしまった……。



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