【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

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参 孤独な役割

《一》犬耳の女と熊の眷属

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屋敷内を足早に歩き、百合子は声を張りあげていた。

「美狗! 美狗! どこにいる、出て来い!」
「……ひ、姫様……!」

五つもの居室。使われた形跡のない客間。台所、手水ちょうず、湯殿。

裏庭にも中庭にも、美狗の姿どころか、人の気配がない。

(あと二日とは、なんだ!)

まるで、別れの期限を切られたかのような、昨日のコクとの会話。

百合子は、彼の歳に見合わない言動に、いつも威圧されている自分に気づいた。

(あんな……年下の男相手に、情けない!)

偉そうに振る舞うわけでもなく、自然と他者を従わせる気質は、やはり彼が“神獣”であることに起因するのか。

(畏怖を感じているということなのか?)

冷静に分析する思考とは裏腹に、いらだつ感情。

「美狗は、どこにいる!」

八つ当たりなのは百も承知だが、百合子は感情に任せ屋敷内を歩いたのち、門の外へと出た。

「お、お待ちくださいっ……、姫様……!」

百合子のあとを追った菫の声が、悲鳴となって辺りに響く。

屋敷の外は深い森に囲まれ、右に行って良いものか、左に行って良いものか、百合子には見当もつかなかった。

しかし、頭に血がのぼった百合子には、方向も目的地もどうでも良かった。

あの犬耳の女をつかまえ、昨日の話の続きがしたかった。

(美狗なら何か知っているはずだ)

コクのかたくなな態度の理由を。

「美───」

ふたたび声を張りあげた百合子の視界が、突然、真っ黒いものにふさがれる。

と、思った瞬間、
「“花子”を困らせてはいけませんなぁ、御方おかた様ぁ!」
低い、地鳴りのような声が、頭上から落ちてきた。

「美狗ならお側に控えておりますぜ。
───おおい!
こんなに御方様が呼びなすってるのに、しらばっくれてるたぁどういう了見だぁ?」

びりびりと、肌を刺すような声に驚いたのもつかの間、見上げた百合子の目に入ったのは、大きな熊だった。

コクと同じく、そでなしの黒い道着を身にまとっている。

(……く、熊が、しゃべった……?)

一見すると、直立した熊が横を向いて咆哮ほうこうをあげているようだが、牙がのぞき、ひらかれた口からは人語が発せられていた。

「……うるっさいクマだねぇ。百合様が驚いて固まっちまってるじゃないか。
出てこれなかったのはコク様の命さ。仕方ないだろ」

はすっぱな口調の女の声は、聞き覚えのあるもの。

熊の視線の先で立ちのぼった煙が、一瞬のち犬耳の女の形を成す。

次々と目の前で起こる事態に、百合子はあっけにとられるしかなかった。

くすり、と、そんな百合子を見て美狗が笑う。

「百合様。
この無粋なクマが、百合様がお会いになりたいとおっしゃっていた熊佐にございます」
「ははっ!
驚かせるつもりはなかったんですがねぇ、まぁ、仕方ありませんや。ひとつよろしくってなもんでぇ」

豪快に笑い飛ばしたのち、大きな熊は百合子の前に片ひざをつき、頭を下げた。

それでも百合子の背と同程度の位置にある頭。小山のような巨体だ。ヒグマの類いだろうか?

「よ、よろしく頼む、熊佐とやら。
湯の『調達』はお前がしてくれていると聞いた。いつも悪いな」

ひるみながらも百合子は、毎日用意されている『湯殿』の湯についてもねぎらった。

「あちゃ~、参った。
菫嬢ちゃんは律儀だなぁ……全部自分の手柄にしとけば良いのによぉ」

人のように顔を片方の前足で隠しながら変な嘆きを百合子に返すと、熊の“眷属”は用があるからと消え去ってしまった。

あとに残された一方の“眷属”が、百合子をちらりと見やり、微笑みを浮かべる。

「さて、百合様。わたくしに、何か?」

そう問いかけてきた犬耳の女は、百合子のかかえた疑問を、すでに察しているようだった。



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