【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

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弐 死の遣い手

《一》民の意とは、どこにあるのか。

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「……“ついかた”様は、いらっしゃらないのですか?」
「そうじゃ。わし一人で赴く」

つじにある木陰。

旅人と思われる高貴な装いの女と、近くに住む村の少年───のように見える黒い“神獣”の“化身”がいた。

『破壊と死』を司どる存在である彼の“役割”は、この“下総しもうさノ国”では多岐に渡る。

物ノ怪にかれてしまい、ヒトに害為すモノとなった存在を『葬る』こと。
人道から外れた者の『処刑』。
寒村で生まれた子を『間引く』こと。
不治の病に苦しむ者を『楽』にすること。
等々。

この国を治める者たちに都合の悪い存在を『無くす』ことが、彼の“役割しごと”だった。
そして、そんな彼に与えられた称号が、死の遣い手。

「───こちらが、奴らの根城とされる場所を記した地図にございます。
首領を務める者に、鬼の匂いも感じました。お気をつけくださいませ」
「分かった」

地図上に表せない地形の利。『敵』の人数と武器の種類。行動周期、と。

必要な情報をすべて渡し終えた配下は、少年の姿をした“あるじ”を窺うように見た。

「……本当にお一人で? 失礼ながら、なんのための“花嫁”様にございましょう? 貴方様をお助けになり、お支えするのが───」
「くどい」

常の彼の口調からは想像できないほどの、打ち捨てるような物言い。

犬の半妖である“眷属けんぞく”は、“主”の叱責に、思わずといったていでひざをつく。
が、その不自然さに気づいたようで、あわてて草履ぞうりを直す素振りをしてみせた。

「出過ぎた口を……」
「二度と申すでない。
……それより、わしの留守を頼む」

言外に、“花嫁”を護れと伝えたことを、忠実な“眷属”は理解したようだ。

「承知いたしました。では、わたくしは、これで」
「ああ、そうじゃ、待て」

見た目はつぼ装束をまとう女人にょにんにしか見えない犬耳の配下を、黒虎こくこが呼び止める。

「何か、百合の喜びそうな物も、頼む。香でも花でも衣でも構わぬ」
「おそれながら───それは、コク様がご自身でお選びになられたほうがよろしいかと」

むしの垂れぎぬの合間からのぞいた女の顔が、苦笑を浮かべる。
黒虎はおおげさに溜息をついた。

「わしには、おなごの好む物は分からぬから、おぬしに頼んでおるのじゃ」
「……御意」

失笑をもらしたのを隠すようにして、今度こそ斥候せっこうを務めた“眷属”は“主”の元から立ち去った。

(───さて)

ひとり残された少年の眼が、容姿に似合わぬ鋭さを宿す。

今回、黒虎が“国獣”として任を受けたのは、街にまで出没するようになった山賊の『処刑』だった。

(村人が襲われているうちは「捨て置け」としていたものを)

貴族の邸や別荘を荒らされるようになり、ようやく重い腰を上げる気になったようだ。

しかし、手を汚すことも法を守ることもよしとせず、秘密裏に事を処理しようとするのは、いかがなものか。

(そうは言うても、このままにしておけば困る者がおるのも事実)

黒い神の獣は、そう自身に言い聞かす。民の意をむのが己の“役割”、と。

だが───そもそも民の意とは、一体どこにあるのか。

“国司”を始めとする、貴族連中のことだけを指すのではあるまい。
それが解っていながら自分は『彼ら』の思うまま、“役割”をこなしている。

(わしには、自らを動かす指針となるものがない)

人間側に立つことも、神として生きることも。
ましてや、本能のまま、獣として過ごすこともできない。

(結局わしは、何者にもなれぬ……)

憂う少年の眼は、山賊の根城とされるふもとの緑を映し、細められた。



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