【外伝・完結】神獣の花嫁〜刻まれし罪の印〜

一茅苑呼

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壱 赤い別離

《三》抜け落ちた記憶【後】

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視線をさ迷わせれば、木目の天井やふすま、欄間などが目に入る。典型的な日本家屋の造りだ。

弾力のある寝台に慣れた身からすると、硬く感じるしとねの上に寝かされていた。

おもむろに上半身を起こせば、身体の節々が痛い。まるで、病み上がりのような疲労感があった。

「あの、あのっ……わたし、コク様を呼んで参りますねっ……」

年の頃は十二三と思われる少女は、呆然と室内を見回す自分を尻目に、部屋から出て行った。

(私は、いったい……)

記憶が、定かではない。

自分の名前と両親の存在、育った環境、身につけた教養などは思い返せる。

だが、ここで眠っていたらしい自分が、その前に何をしていたかが思いだせない。

(朝……いつも通りに家を出た、はず)

そこからが、断片的な記憶でしかない。

通い慣れた学舎、友人、通学路。
定刻に帰宅したはずだが、狭い板の間で見知らぬ少年と何か話をした気がする。
そして、黒い大きな獣を見た───。

(他にも何か……見たような……いや、何か『あった』気がする)

自分の記憶は、所々抜け落ちている。
まるで虫食い状態だ。
抜け落ちているのは分かるのに、何が抜け落ちているのかが分からないとは。

「失礼するぞ」

聞き覚えのある少年の声と共に、障子が開かれた。

ざんばら髪と、人懐っこい瞳。そでなしの黒い道着。
記憶のなかの、少年だ。

「気分は、どうじゃ」
「私は……なぜここにいる?」
「……覚えておらぬのか?」

少年の黒い瞳に、安堵と失望の入り交じった色が浮かぶ。

「わしは、コクと申す者。おぬしはわしと“契り”を交わした“花嫁”。
ここはわしとおぬしの住まい……屋敷じゃ」
「花嫁? だが、私は───」

反論しかけ、言葉を失う。
自分には確かに、婚約者がいた。

抜けた記憶のなかに、ぼんやりと男の顔が浮かぶが、目の前の少年かどうかは、やはり定かではない。

「おぬしの名をいてなかったの。名は、なんと申すのじゃ?」

とまどっていると、明るい声で問いかけられた。

ひと昔前なら、当日まで顔も知らぬ相手と祝言を挙げる者がいたと聞く。
しかしまさか、名も知らぬ相手を嫁に迎える場合もあるのかと、内心あきれながら答える。

「……百合」

口にしたとたん、違和感があった。
自分の名前に、何か足りない気がした。

「百合……子?」

首を傾げながら、足りない文字を補ってみる。
すると、コクと名乗った少年が、大きくうなずいてみせた。

「そうか、百合子と申すか。美しいおぬしにぴったりの名じゃな。
百合。おぬしはわしの“花嫁”。不自由なことがあれば、遠慮なくわしに申してくれ」

疑問に思う『百合子』をよそに、満足げにコクは微笑んだ。



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