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壱 赤い別離
《二》私を、すぐに戻してくれ!【前】
しおりを挟む声を限りにした叫びは、誰の耳にも届かなかった。
……小百合自身にさえも。
立て続けに起きた衝撃的な出来事は、小百合の意識をつかの間、失わせたようだ。
視界が定まらず、自分の身体がどうなっているのかさえ、分からなかった。
「……美形じゃのう……」
突然。
ほう、と。感心したような深いため息と共に、少年の呆けた声が耳に入ってきた。
それを境に、小百合の朦朧とした意識が、急激にはっきりとする。
(なんだ、ここは……)
格子戸からの月明かりが斜めに差し込む、板の間。三畳ほどだろうか。
正面に神棚のようなものがある以外、何もない。
───目の前に、ざんばら髪の人懐っこい瞳をした少年はいるが。
(どういうことだ)
血まみれの兄も、惨殺された家族も、消えている。
どころか、ここは小百合が十八年間暮らした家ですらない。
「……いかんな。おぬしがあまりに美しゅうて、見ほれてしもうた。さて」
あぐらをかいて、ぽかんと小百合を見上げていた少年が、ひょいと身軽に立ち上がる。
身長は、小百合よりも低いだろう。
もっとも小百合は、同世代の女子よりも大きいほうだが。
そでのない黒い道着は、色こそ違えど柔術に携わる猛者を小百合に連想させる。
上腕二頭筋が、それを証明していた。
小百合は腰を斜めに引き、身構える。
薙刀なら多少の心得はあるが、あいにく側に、棒の類いがなかった。
「いやいや、そうではない!
わしはおぬしに危害を加える気は毛頭ない。早まるな!」
後ずさり、小百合と距離を置いてみせる。
大仰に上げられた両手が滑稽なほど、少年の顔にあせりが見てとれた。
それでも、自分の身に起きた不可解な事象に、小百合は警戒心を解くことなく、年下であろう少年をにらみつける。
「私は、なぜこんな所にいる? ここはどこで、お前は何者なのだ。
何かお前は知っているのか? 私はいったい───」
「待て待て待て! 順に説明する。
頼むから落ち着いてくれんかのう?」
落ち着けとは無理な話だが、説明するとの言葉に、小百合は仕方なくうなずいた。
「……分かった。説明してくれ」
「はてさて、参ったのう……わしはあまりこういう説明は得意ではな───いが、心して説明する、うむ」
一時しのぎの言葉が聞こえ、小百合がふたたびにらみつけると、あわてたように訂正し少年は話し始めた。
「まず、ここは“陽ノ元”と呼ばれる世界じゃ。おぬしがいた世界とは、異なる時と空間になる」
「ひのもと? 日ノ本ならば、私のいた国と同じだが」
「ふむ、そうか。では『音』が同じなのかもしれんのう。
わしらとの意思の疎通をはかれるよう、あえて言語を同じくする者を“召喚”してるのやもしれん。
……これは、わしの推測でしかないがの」
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