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*闇を、背負う
「死を背負って生きること。それが私の償いだ」
しおりを挟む闇に溶けるように静かに。
すべるように素早く。
追いかけるは、白き“神獣”の“花嫁”として“召喚”されし者。
頭上に浮かぶ満月は、『儀式』を前に逃げだした十二三の少女の行く手を、煌々と照らしていた。
まるで逃亡を手助けするかのような月光は、しかしまた、追っ手である自分にも少女を捕らえるための味方となる。
「いやっ……来ないでっ……」
叫びながら、半狂乱で走る少女。
白い“神獣”の“化身”には心奪われたようだが、その本性である『猛獣』の出現には、得体の知れぬ恐怖を感じてしまったようだ。
(……まずいな)
この先は、崖。
だが、少女の足は止まる気配がない。
百合子は走る速度を上げ、一足飛びに立ちはだかろうとした。
「……っ!」
時すでに遅く、少女の身は絶叫と共に崖下に転がり、生い茂る枝をなぎ倒しながら落ちていく。
それを見届け、百合子は舌打ちした。
枝は緩衝材となるだろうが、岩に頭を打ちつけてしまえば、命は危ういだろう。
“神籍”にあるとはいえ、自分の身体能力はそれほど高いわけではない。
崖下に回りこんでる間に、手遅れにならなければ良いが。
祈りつつ、少女のもとへと駆けつけた百合子が見たものは。
折れた幹に腹部を貫かれ、手足があやつり人形のようにちぐはぐにもつれた少女の姿だった。
百合子の荒い息づかいの合間に、ひゅうひゅうと喉笛が鳴るのが聞こえた───絶命間近の、息づかいが。
血泡を吹き生きているのが不思議なほどの無惨な姿と成り果てた少女。
「……いま、楽にしてやる」
自らの首筋にある黒い“痕”が熱くなるのを感じながら、百合子は左手で少女の眼窩を覆った。
───一撃で、心の臓を仕留める、右手。
返り血は、百合子の白い顔を紅色に染め変えた。
「───……百合」
自分の名を呼ぶ声色。
少年が放つ音域でありながら、その響きは老成されたもの。
どのくらい、立ち尽くしていたのか。
気づけば、頭上にあったはずの満月は、傾き始めていた。
「遅くなって、すまなかったのう。……大事ないか?」
気遣う言葉は真に入り、百合子の心を【こちら側】へと引き戻す。
「平気だ」
薄く笑って振り返れば、闇にまぎれるような漆黒の髪の少年がいた。
百合子のものよりも低い位置から伸ばされた手が、百合子の二の腕をぐいと引き寄せる。
「百合。大儀であったの」
少年がまとう黒い道着の肩口に、百合子は顔を伏せたまま応じた。
「……これが、私たちの“役割”だ」
そう。
自分という黒い“花嫁”と、黒い“神獣”の“化身”である少年の───。
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