【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第五章】

先輩と花火と本当の気持ち⑨

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だけど、ここまで聞かせといてやめるのは、ずるい。

「話したくないなら、無理には聞きません。
でも、途中でやめられるのって、気分悪いですよね」

素直に、「聞かせてください」とは、言えない。

いままで先輩にしてきた態度を思うと……そう簡単に先輩への接し方を変えることができなかった。

私の言葉に先輩は、毒気を抜かれたように、愉しげに笑った。

それから、辺りを見渡す。

「悪い。疲れたから、あそこで休んでいいか?」

二十メートルくらい先の、バスの停留所に置かれたベンチを、あごで示す。

「……重いですか、やっぱり」

「女の子は軽くないほうがいいだろ。ってか、オレが非力なだけだから気にすんな」

慰めのつもりか言い訳なのか、佐竹先輩はそんなことを言いながら、ベンチに近寄っていく。

そこで降ろされると、アスファルトの生暖かさが、痛んだ指の付け根と足の裏に、じわりと感じられた。

「ほんと田舎だよなー。七時のバスが最終だなんてさー」

時刻表を見て軽口をたたくと、先輩はベンチに腰を下ろした。

もちろん私も、隣に座った。

「───さっきの話の続き、聞いてもいいですか?」

「いいけど……間抜けな話だから、あんまり期待するなよ?」

と、断りをいれ、先輩は頭上の白い月を見上げた。

けれども、その眼差しは、月を通して、もっと遠くにあるものを見ているようだった。

「音信不通になった……ってところまで、話したんだっけ?

で、それからしばらく経って、その元いたチームの友人が教えてくれたんだ。
監督が、オレの肩の強さをかってたらしくてさ。

そいつに言ってたんだと、『お前さえいなくなれば、あいつを正捕手に据えられるのに』って。

『あいつはお前以外の奴とバッテリーを組みたがらない。
それじゃ、あいつのためにならないだろう?』とかなんとかさ」

皮肉げに口もとをゆがめ、佐竹先輩はうつむいた。

「ガキの喧嘩に首つっこんでくる親より始末におえねーよな。
打算とか、そんなつまんねーことで、子供同士にいざこざ起こさせやがってさぁ……。

ところが、監督の思惑とは裏腹に、オレもそいつもチームやめちまったしな。
ただ、仲たがいしただけで終わりだったんだ、結局は。

───そいつは、オレに野球続けててほしかったんだろうなー……。
わざとオレを怒らせるような真似までしてさ……」

だんだんと小さくなっていく声。

やるせなさと申し訳なさが入り交じった横顔。

数十秒の沈黙。

私の視線に気づいたらしい先輩が、こちらを見てニッと笑う。

「なんで松原が、そーいう顔するかなー」

くしゃっと髪をかき混ぜられて、あわてて視線をそらす。

「そういう顔も何も、生まれつきですから」

つん、と、横を向いた。
……やっぱり、私が佐竹先輩に対して素直になれる日は、とてつもなく遠い気がする。
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