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【第五章】
先輩と花火と本当の気持ち⑦
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与太郎くんを見送って、夢見ヶ丘公園から続く長い石の階段を、ピリピリと痛む足で、ゆっくりと降りて行く。
ふと階下を見下ろすと、最下段の辺りに黒っぽい大きな塊が見え、外していた眼鏡をあわててかけた。
見覚えのある後ろ姿に、声をかけてみる。
「佐竹先輩」
やっとの思いで、先輩の腰かけた石段まで降り立った時、初めて先輩が私を振り返った。
瞬間、
「ごめん!」
と、いきなり深々と頭を下げられ、あぜんと先輩を見返した。
「言い訳がましいけど……あいつ、彼女できたんだって? オレ、それ知らなくてさー……。
いや、出過ぎた真似しといて、とんでもないオチつけて悪かったよ。
ごめんな、もうオレ、今までにないくらい反省してるから、ゆるしてくれよな……?」
あまりにも情けない顔をして言われ、噴きだしたいのをこらえながら言った。
「そんなこと言うために、あれからずっと、ここにいたんですか?」
私の言葉に絶句する先輩。
なんか、おかしい……!
こらえきれずに、笑ってしまう。
「まぁ、確かに見事にふられましたけどね、私」
そう言って、階段を降りきる。
すでに花火大会は終わっていて、空に浮かんでいるのは、穏やかな光を放つ月だけだった。
「でも、何年も言えずにいたことを言えたから、気分はいいです。
お気遣い、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、先輩は勢いよく石段から腰を上げた。
したり顔で、腕を組む。
「そーだよなー? ウンウン。そして、またしてもオレの魅力に気づく松原。
オレが地道に、健全安全好青年やってきた努力が、報われるってもんだ」
「……そのすぐに調子にのるところ、どうにかなりません?」
あきれて言い捨て、歩きだす。
佐竹先輩の声が、あとを追ってきた。
「あ、松原、待てよ」
歩幅の違いで、あっという間に前にまわりこまれる。
「それ脱いで、手に持って」
下駄を指差され、反射的に言葉に従ってしまったのは、足の指の付け根の痛みが、ピークだったから。
佐竹先輩はそんな私に背を向け、その場にかがんだ。
「で、乗る」
自分の背中を指して言う。
驚いていると、先輩はちょっと笑った。
「足、痛いんだろ? ここへ来る時も気になってたんだけど……悪いな、さっきは、そういう余裕がなかったんだ」
途中から苦笑いに変わった表情に素直にうなずいて、その背におぶさった。
「すみません」
「ま、気にすんなって」
私を乗せ、ひょいと立ち上がると、佐竹先輩はゆっくりと歩きだした。
通りに面した歩道の脇を、何台かの車が通過しては消え、ヘッドライトが不規則に、前方のアスファルトを照らしていく。
それを、いつもよりずっと高い位置で見やりながら、ひとつ訊きたいんですけど、と、先輩に声をかけた。
「先輩は、先輩の修復不可能な相手の人と……そのあと、どうなったんですか?」
気になっていたこと。
でも、訊いてもいいものかどうか、迷っていた。
いつもの軽い口調で、なんだかとても重大なことを、さらりと言われた気がする。
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