【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第五章】

先輩と花火と本当の気持ち①

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あの時あのままうなずけば、良かったのだろうか……。

そうしたら、楽になってた?

いまこんなに苦しいのは、あの時の返事のせい?

───違う。

私の気持ちに、整理がついていないせいだ。

たとえあの場面でうなずいていたとしても、結果は同じか、いま以上に……最悪の状態だ、きっと。

そんなの、佐竹先輩に、悪い。

だけど、いまのまま中途半端な付き合いを先輩と続けていることは、悪くないの?

そのほうが、もっと、先輩に対してひどいことをしているんじゃないの……?

強く、目をつぶった。

そして、ゆっくりと……ゆっくりと、開く。

CDは、止まっていた。

懐かしい想い出、というにはあまりにも……重すぎる、過去の出来事。

旋律のなかによみがえった、あの頃の想い。

どうして今日、彼の『彼女』と会ったんだろう。

どうしてまた、先輩と会ってしまったんだろう……。


       §


「香緒里。ほら、着替えて」

ノックの音と共に、浴衣の一式を抱え、浮かれた口調の母が入ってくる。

あわてて、顔を上げた。

こんな気分の時に入って来られても、対応に困る。

けれどもそれを口にするわけにもいかず、憂うつな気分で立ち上がる。

「何をぐずぐずしてるの?
……あなたは昔から、外出の前はおっくうそうにしてるんだから」

窓辺に寄ってカーテンを閉めると、急かすように私に服を脱がさせる。

浴衣を着せながら、母が訊いてきた。

「今日は、誰と行くの?」

「───佐竹先輩だけど」

素っ気なく答えると、母の顔が楽しそうにほころんだ。

「あら、そう」

これ持ってるのよ、と、帯の端を私に持たせながら、ふふっと笑う。

「あの子って、タロちゃんに感じが似てるわよね」

言われたくなかった事実に、嫌な気分で「そうかな」と、相づちをうつ。

認めたくなかった。

だから、わざとあいまいに言葉をにごした。

昔から、痛いところを無邪気に突いてくるのは、母の得意技だ。

「……苦しくない?」

一瞬、母の問いかけが別の意味に聞こえた。

が、すぐに帯のことを言っているのだと気づく。

「───平気」

「そう。変形で結んじゃおっか」

「ん……」

あまり興味を示さずにうなずくと、母はくすっと笑った。

「香緒里は佐竹さんが好きなの?」

「えっ……」

私が? 先輩のことを?

驚く私の両肩に手を置き、母が後ろからのぞきこんでくる。

興味津々といった様子。

「どうなの?」

からかうような物言いに、少しムッとした。

「そんなこと、分からないわ。考えたことないし」

……いつも強引に押しきられて。

いくら突き放しても、平然としていて。

好きとか嫌いとか。

そういう確固たる気持ちを、自分のなかで位置づけたことは、ない。

───考えないように、していたのかもしれない……。
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