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【第四章】
彼に似たひと③
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……もう、やだ。
どうしてそういう曲解をするんだろう。
ムッとして、肩をいからせながら体育館を出て、渡り廊下を歩いた。
だけど───よく考えたら、私も、そういうこと、してる気がする。
私の場合は、悪いほうへの解釈。
学年が変わって、クラス替えもあって。
一年の時の、私を無視したクラスメイトとは、もう、違うのに。
意地を張っている。
あの時された仕打ちを忘れられずに……。
どんなに優しい言葉をかけられても、冷たい言葉でかわしている。
……誰も、信じられない。
いつかまた、同じことがあるかもしれない。
その時に、つらい思いをするのなら、最初から嫌われてしまったほうがいい。
そのほうが、楽だもの。
自分の心に鍵をかけなきゃならないほど、苦しくならないし。
こうすることでしか、自分を守れない───。
「松原ー? ……これ、オレが出してきてやろうか?」
A4判の用紙を、丸い指先でつつかれ、我に返って小さくうなずく。
「なに考えてたんだよ。すげー深刻そうな顔してたぞ」
手にした報告書を手のうちで丸め、それでポンと軽く私の頭を叩き、そのまま教室を出て行く。
そんな佐竹先輩の背中を、なんとはなしに見送っていた。
180センチはあるんじゃないかと思える先輩の、猫背ぎみの開襟シャツに落ちる夕陽と影との色合いを、とても美しく感じた。
なんか……あの人と夕暮れって、変に似合う。
そういえば、初めて言葉を交わした時も、頬に当たる夕陽のかげんが、綺麗だなと思ったっけ……。
でも、なんだ。
本当に変なのは、私だ。
脈絡もなく、そんなことを思うなんて、おかしい……。
立ち上がって、窓際に寄る。
そこから、暖かなオレンジ色に染まった校庭を見下ろした。
部活動をやる生徒の声が、遠くのほうから聞こえてくる。
「───あ、あれ……?」
気の抜けた声に振り返ると、教室の入り口に佐竹先輩がいた。
頭の上の支柱に軽々と片手を伸ばして、呆然とこちらを見ている。
「帰ってなかったんだ、松原」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
「先輩に報告書を持って行ってもらっといて、のうのうと帰れるわけ、ないじゃありませんか」
自分でも驚くくらい、優しい響きの声になった。
「いや。だってさ。なんか……」
私より佐竹先輩のほうが驚いた様子で、初めてこの人があわてるところを見た気がした。
口ごもった数十秒後、
「あっ、そうだ」
と、思いだしたように教卓の上に置いてあった自分の鞄に寄って、がさがさと中をあさる。
「───松原、行かない?」
ピッと出された細長い紙切れは、なにかのチケットのように見えた。
「オレとしては、ぜひ松原と行きたいんだけど」
なんのチケットですか、と、近寄って手を伸ばす。
「え、行ってくれるの? ラッキー」
「行く行かないは別として」
断りを入れて、手渡されたチケットに目を落とした。
『ヤクルトVS広島』と大きく印字された、その下に記載された日時等を確認する。
「……ナイトゲームですか」
「松原、広島ファンって言ってただろ? 苦労したんだぜ、これでも」
「……指定席招待券と書いてありますけど。どこが苦労したんでしょう?」
うっ……と、言葉につまる先輩を尻目に、溜息をついた。
「母が、なんていうか……」
軽く眉を寄せた。
広島戦なら、観に行きたい。
でも、夜間の外出にうるさい両親のことを考えると、うかつな返事はできない。
どうしてそういう曲解をするんだろう。
ムッとして、肩をいからせながら体育館を出て、渡り廊下を歩いた。
だけど───よく考えたら、私も、そういうこと、してる気がする。
私の場合は、悪いほうへの解釈。
学年が変わって、クラス替えもあって。
一年の時の、私を無視したクラスメイトとは、もう、違うのに。
意地を張っている。
あの時された仕打ちを忘れられずに……。
どんなに優しい言葉をかけられても、冷たい言葉でかわしている。
……誰も、信じられない。
いつかまた、同じことがあるかもしれない。
その時に、つらい思いをするのなら、最初から嫌われてしまったほうがいい。
そのほうが、楽だもの。
自分の心に鍵をかけなきゃならないほど、苦しくならないし。
こうすることでしか、自分を守れない───。
「松原ー? ……これ、オレが出してきてやろうか?」
A4判の用紙を、丸い指先でつつかれ、我に返って小さくうなずく。
「なに考えてたんだよ。すげー深刻そうな顔してたぞ」
手にした報告書を手のうちで丸め、それでポンと軽く私の頭を叩き、そのまま教室を出て行く。
そんな佐竹先輩の背中を、なんとはなしに見送っていた。
180センチはあるんじゃないかと思える先輩の、猫背ぎみの開襟シャツに落ちる夕陽と影との色合いを、とても美しく感じた。
なんか……あの人と夕暮れって、変に似合う。
そういえば、初めて言葉を交わした時も、頬に当たる夕陽のかげんが、綺麗だなと思ったっけ……。
でも、なんだ。
本当に変なのは、私だ。
脈絡もなく、そんなことを思うなんて、おかしい……。
立ち上がって、窓際に寄る。
そこから、暖かなオレンジ色に染まった校庭を見下ろした。
部活動をやる生徒の声が、遠くのほうから聞こえてくる。
「───あ、あれ……?」
気の抜けた声に振り返ると、教室の入り口に佐竹先輩がいた。
頭の上の支柱に軽々と片手を伸ばして、呆然とこちらを見ている。
「帰ってなかったんだ、松原」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
「先輩に報告書を持って行ってもらっといて、のうのうと帰れるわけ、ないじゃありませんか」
自分でも驚くくらい、優しい響きの声になった。
「いや。だってさ。なんか……」
私より佐竹先輩のほうが驚いた様子で、初めてこの人があわてるところを見た気がした。
口ごもった数十秒後、
「あっ、そうだ」
と、思いだしたように教卓の上に置いてあった自分の鞄に寄って、がさがさと中をあさる。
「───松原、行かない?」
ピッと出された細長い紙切れは、なにかのチケットのように見えた。
「オレとしては、ぜひ松原と行きたいんだけど」
なんのチケットですか、と、近寄って手を伸ばす。
「え、行ってくれるの? ラッキー」
「行く行かないは別として」
断りを入れて、手渡されたチケットに目を落とした。
『ヤクルトVS広島』と大きく印字された、その下に記載された日時等を確認する。
「……ナイトゲームですか」
「松原、広島ファンって言ってただろ? 苦労したんだぜ、これでも」
「……指定席招待券と書いてありますけど。どこが苦労したんでしょう?」
うっ……と、言葉につまる先輩を尻目に、溜息をついた。
「母が、なんていうか……」
軽く眉を寄せた。
広島戦なら、観に行きたい。
でも、夜間の外出にうるさい両親のことを考えると、うかつな返事はできない。
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