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【第四章】
彼に似たひと①
しおりを挟むそれから私は、彼を『タロちゃん』ではなく『与太郎くん』と呼ぶようになった。
彼が自分の名前を嫌っているのを承知で、あえてそう呼び始めたのだ。
そうすることによって、さらに彼との溝を深めるために……。
誰ともつながりを、もたない。
誰にも自分を、さらけださない。
自分に関心をもってもらわないかわりに、自分も特定の人に興味を抱かない。
だから、誰から何をどう言われようとも、どんな風に思われようとも構わない。
そう、強く自身に言い聞かせた。
そうして、彼に対してだけでなく、自分と関わりをもつ、すべての人とのあいだに、大きな壁をつくっていったのだった。
そんな私が、クラスのなかで浮いてしまうのは当然のことで、クラスメイトと必要以上の会話を交わすことは、なくなっていた。
───そんな日々の続く、中二の夏の、始まりの頃。
§
「なに、聴いてるの?」
自分以外、誰もいなかったはずの場に、突然その声は割って入った。
言葉のイントネーションが、あまりにも彼とよく似ていたので、思わず携帯電話のヘッドフォンを片方はずし、顔を上げた。
人懐こい笑みで見下ろしてくるのは、もちろん、彼じゃない。
あごの線と、ややつり上がりぎみの目もとだけが、よく似てはいたけど。
少し茶色がかった、やわらかそうな細い前髪は長めで、夕陽が差しこむ図書室で、瞳を落としていた。
思わず観察してしまった私のセーラー服の襟もとから、なんの断りもなく、その人はヘッドフォンをつかみ上げた。
自分の耳へと、もっていく。
『───ファール、ファールです。いやぁ、よくねばります、元木。これで九つ目のファールです。
カウント、ツーストライク、スリーボール。大野、一塁へ牽制───』
そこまで聴いて、ヘッドフォンを返してくると、ぷっと噴きだした。
「……真面目な顔して、なに聴いているのかと思えば、プロ野球中継か。
てっきり英会話とかかと思ったよ、オレ」
「英会話だったら、自分も発声しなきゃ、意味ないでしょ」
ピシャリといってのけた私を一瞬きょとんと見たあと、その人はおかしくてたまらないといったように、机を叩いて笑った。
カウンターに座っていなければならないはずの委員もいない静かな空間に、軽やかな笑い声が響く。
「……あんた、おもしれー。二年……E組か。名前、なんていうの?」
「松原香緒里。分かったら、そこどけて。陰になるわ」
冷ややかに告げて、ふたたび学年新聞の校正に取りかかるために、傍らの辞書に手を伸ばす。
ラジオの中継に耳を傾けると、試合はすでに巨人のサヨナラ勝ちで幕を閉じており、元木のヒーローインタビューが始まろうとしていた。
知らず知らずのうちに、溜息がもれる。
「松原、野球好きなの?」
ラジオを消して、ウォークマンを鞄にしまいこむ。
……なれなれしい人。
「どこがひいき?
巨人? ヤクルト? それとも阪神?」
「───広島東洋カープ」
低くおさえつけるように答え、学年新聞の原稿を手早くしまい、鞄と辞書を持って立ち上がる。
「カープ女子かぁ……って。あれ……行っちゃうの?」
間の抜けた声を完全に無視して、図書室をあとにした。
───その人物こそ、佐竹尚輝その人に、他ならない。
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