【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第三章】

この手を放せば④

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目の前で起きている光景に、心臓がものすごい勢いで高鳴り、頭も一瞬、混乱した。

けれど、すぐに先生に知らせなくてはと思い、場を離れかけた──その時。

暴行を受けている男の子の顔が、ちらりと見えた。
踏みだした足が、震える。

だって……そんな!

声をあげようにも、のどが干上がって、声が出てこない。

そこにいたのは、タロちゃんだった……。

止まらない震えに、たえきれず、座りこんでしまう。

どうしてタロちゃんが、こんな目に遭わなきゃいけないのっ……!?

動きだせずにいると、やがて三人のなかで一番背の高い人が、地面にうずくまったタロちゃんの襟首《えりくび》をつかみ上げ、振り上げた拳を叩きつけた。

それを潮とばかりに、他の二人にその場を離れるように、あごをしゃくってみせた。

三人は私のいるあたりまで来ると、タロちゃんを振り返って口を開いた。

「けっ、ガキが。二度とそのツラ、俺に見せんなっ」

「これに懲りたら、もっと先輩を敬えよ?」

「親や教師に言ったりなんかしたら、今朝の彼女、犯しちまうぞー」

下卑た笑いを浮かべながら、三人のうちの一人が、地面に唾《つば》を吐いた。

私は息をこらして、三人に見つからない位置に身を隠し、彼らが通りすぎるのを待った。

三人が見えなくなったのを確認して、タロちゃんの側へ転びそうになりながら、駆け寄る。

タロちゃんは、ケホケホッと、苦しそうにむせていた。

地面に腰を下ろしたまま、ひざに両腕を回し、頭を下げてる。

「タロちゃんっ! 大丈夫!?」

暴行現場に居合わせ、砂ぼこりにまみれた頭や制服を見れば、大丈夫でないことくらい、分かってる。

だけど、そう言わずには、いられなかった。

「香緒里……」

この場に現れた私に、心の底から驚いたように、タロちゃんが目を見開く。

すぐに、私から目をそらすと、片手で口もとをぬぐった。

「うっわ……すげーカッコわりぃ……」

小さく肩を揺らして笑うと、ふたたびせきこむ。

「いまの人たち、なに?」

眉を寄せて尋ねながら、タロちゃんの側でしゃがみこんだ。

「部の……野球部の、先輩」

タロちゃんは、ぼそっと言いながら、血のにじんだ手の甲で、ふいっと投げる真似をした。

「今日、朝練を休んだからって、呼びだされてさ。
まぁ、いい口実だったわけだよ、あの人たちにしてみれば。
オレがレギュラー取ったの、根にもってたみたいだったし」

私は思わず言った。

「そんなっ。それだけの理由で、こんなことするなんて……!」

「ま、体育会系の常だよ。特に野球部はさ。
……三年になって、ようやくレギュラーつかめると思ってたのに、ポッとでたての一年に、レギュラー横取りされて悔しかったんだろ」

他人事のように言いきると、タロちゃんは顔をしかめながら立ち上がり、ふうっ……と、息をついた。

「……当分、野球部のほうには顔ださないで、バレー部のほうに行っとくか。
あっちのほうが、先輩方が親切だし。
まったく、天才はツライよなー。
───あれ?」

冗談めかして言ったあと、タロちゃんは私の足もとを見て、眉を上げた。

「香緒里……靴は?」

「あっ……」

なんのためにここに来ていたかを、すっかり忘れていた。

あわててごまかすように笑いかけた私の肩を、タロちゃんはポンと叩いた。

「オレが探してきてやるから、教室で待ってろ」

私を安心させるように、笑う。

瞬間、唐突に気づかされた。

このままじゃ、いけないんだってことに。
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