【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第一章】

彼と彼女と先輩と③

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「通行人が誤解するようなこと、言わないでください」

ピシャリと、強く言い捨てる。

いくら日が延びたとはいえ、もう、五時を回っている。

こんなところで、先輩のおふざけに付き合っている暇は、ない。

バス停へ向かうはずだった足を、元通り軌道修正する。

背を向けたとたん、あわてたように先輩が声をかけてくる。

「あ、待てよ、松原」

「私、先輩みたいに暇人じゃないんです」

肩ごしに振り返ると、佐竹先輩は小さく笑って目を伏せたあと、私に視線を合わせた。

「冗談じゃなくてさ。
いまでもオレ、松原のことが好きだよ」

人懐っこく微笑む。

───胸を、つかれた。
どう反応していいのか、分からない。

街の往来のなか、そんな風に自分の気持ちをさらけ出せる先輩は、きっと強い人だと、そう思う。

いつも自分で自分をだましている私とは、正反対だ。

だけど……!

だけど、そんな先輩への返事は───。

空気がよどむほど立ち並ぶビルと、絶え間なく行き交う人々、そして車。

押しつぶされそうになる……。

「オレの気持ちが変わらないように、松原の想いも変わらない?」

穏やかな確認。

「私……」

私、は。

変わらないでいる?
先輩のように、あの頃と、変わらない?

自分に問いながら、でも答えが見つからずに、うつむく。

日中に、アスファルトに吸い込まれた分だけの熱気が、伝わってくる。

───あの日のセリフを繰り返せる自信は、なかった。

二度目のない言葉のつもりだったから。

見つめた先の、夕陽を受けたアスファルトの道路に、自分のものとは別の、長い影が重なる。

「あんまり自分を急かすなって。
大丈夫。オレ、気は長いほうだから」

にっこり笑って私と肩を並べ、こちらをのぞきこむ、佐竹先輩。

きつい目もとが本当にやわらかくなって、そこに気遣いを感じる。

……だからホッとする。

だから、この人を嫌いになれない。強く拒絶できない。

そんな想いを抱いていると、先輩が言った。

「バスで来たんだろ? 自転車でよければ、送るぞ。
片道のバス代が浮くし、言うことなし。
そのお礼と言っちゃなんだけど、今日一緒に花火見に行こうぜ」

「……どうしてそういう変な誘い方するんですか、先輩は」

あきれたように言いながらも、私は笑いだした。

久しぶりに、声にだして。





「そういや、松原と会って話すのなんて、一年ぶりくらいだよな」

駅前の放置自転車にまぎれて置かれた、自転車の鍵を解きながら、そんなことを告げる佐竹先輩。

ふと、高校の合格発表の日のことを、思いだした。

「これで心おきなく松原と遊べるってもんだ。
部活とかやるつもりないんだろ?
野球観に行こうぜ、野球。あ、バレーボールもいいよなー。
そうだ。遊園地でもいいぞ、オレは」

などと、どうでもいいことを電話口で延々と話し続けていたわりには、具体的に誘われたことは、中学以来、なかった。

……そうやって距離を《置かせた》のは、私だ────。
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