【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

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【第一章】

彼と彼女と先輩と②

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おもむろに振り返ると、見知った顔が、そこにはあった。

佐竹さたけ先輩……」

中学の時の先輩だ。

でも、同じ部活動をしていたとか、そういう『縦』のつながりがあった人ではない。

信号待ちをする人々のなかで、優に頭ひとつ分は抜けだした佐竹先輩が、片手を上げ、近づいてくる。

一年半くらい、まともに顔を合わせていなかったけど、また……背が伸びてる。

「よっ。元気かー?
相変わらず近寄り難いムードもってんなー、お前」

時折かかってきた、電話の声と同じ口調……同じ、明るさ。

雑踏のなかでも、よく通る声。

言葉とは裏腹に、私の頭を、ぽん、と、軽く叩いてくる。

それから、一緒にいた髪の短い女性に向かって、

「じゃ、オレ用ができたから」

と言うと、たった今、青に変わったばかりの横断歩道を、私と共に歩きだした。

「ちょっと、尚輝なおき!」

ムッとした声に知らん顔をして、佐竹先輩は私の手をぐいと引き寄せる。

一刻も早く、この場を逃れたいといった感じだ。

そのままその歩幅にまかせ、あっという間に歩道を渡りきり、人波をぬうように、どこへともなく歩き続ける。

歩幅の違いで小走りに引きずられるようになりながら、後方に視線を流す。

いくぶん離れた位置にいるものの、しっかりとその顔が仏頂面であることが分かる、さきほどの女性がいた。

あわてて、佐竹先輩に声をかける。

「先輩、いいんですか?」

「全然。ま、気にするなって」

悪びれもせずに言いきる先輩を、あきれて見上げた。

「彼女なんでしょ?」

「まさか。……しつこいから、ちょうど良かった」

あんまり嬉しそうな顔をするので、つかまれた手首を自分に引き寄せ、束縛をといた。

思わず冷たく言い放ってしまう。

「私を、利用したってことですか」

一瞬、真顔になって、それからぷっと噴きだし、先輩が笑う。

「変わってないなー、松原のそういうとこ。やっぱオレ、お前好きだわ」

すんなりと告げる、そんな佐竹先輩の方こそ、本当に変わっていない。

自分の表情が、やわらいでいくのを感じた。

「学校、どうなんですか? こんな風に遊びまわってるなんて。余裕ですね、本当に」

バリバリの進学校で名高い恒星こうせい高校に通っている先輩に、わざと皮肉っぽく言ってやる。

けれども佐竹先輩は悪びれる様子もなく、笑って私を見た。

「まぁ、いいんじゃないのか? たまには息抜きするのも。
おかげで、こうして松原と会えたわけだし」

「……年中息抜きしてますよね、先輩の場合は」

じっと上目遣いに見ると、先輩は頬を引きつらせた。

「お前、オレのこと、そういう目で見てたのか……。
こんっなに、真面目で勉強家なのに」

「その発言自体、証明してますよね」

ポツリとつぶやくと、先輩は肩を落とした。

「オレはそんなに信用ないのか、とほほ……」

「ありませんて。いまごろ気づいたんですか。鈍いですね」

「松原、冷たい。あんなに愛を確かめ合った仲なのに……」

芝居がかった口調で言われ、思わず足を止めた。

先輩もつられたように、立ち止まる。
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