【完結】眼鏡ごしの空

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
2 / 35
【第一章】

彼と彼女と先輩と②

しおりを挟む
おもむろに振り返ると、見知った顔が、そこにはあった。

佐竹さたけ先輩……」

中学の時の先輩だ。

でも、同じ部活動をしていたとか、そういう『縦』のつながりがあった人ではない。

信号待ちをする人々のなかで、優に頭ひとつ分は抜けだした佐竹先輩が、片手を上げ、近づいてくる。

一年半くらい、まともに顔を合わせていなかったけど、また……背が伸びてる。

「よっ。元気かー?
相変わらず近寄り難いムードもってんなー、お前」

時折かかってきた、電話の声と同じ口調……同じ、明るさ。

雑踏のなかでも、よく通る声。

言葉とは裏腹に、私の頭を、ぽん、と、軽く叩いてくる。

それから、一緒にいた髪の短い女性に向かって、

「じゃ、オレ用ができたから」

と言うと、たった今、青に変わったばかりの横断歩道を、私と共に歩きだした。

「ちょっと、尚輝なおき!」

ムッとした声に知らん顔をして、佐竹先輩は私の手をぐいと引き寄せる。

一刻も早く、この場を逃れたいといった感じだ。

そのままその歩幅にまかせ、あっという間に歩道を渡りきり、人波をぬうように、どこへともなく歩き続ける。

歩幅の違いで小走りに引きずられるようになりながら、後方に視線を流す。

いくぶん離れた位置にいるものの、しっかりとその顔が仏頂面であることが分かる、さきほどの女性がいた。

あわてて、佐竹先輩に声をかける。

「先輩、いいんですか?」

「全然。ま、気にするなって」

悪びれもせずに言いきる先輩を、あきれて見上げた。

「彼女なんでしょ?」

「まさか。……しつこいから、ちょうど良かった」

あんまり嬉しそうな顔をするので、つかまれた手首を自分に引き寄せ、束縛をといた。

思わず冷たく言い放ってしまう。

「私を、利用したってことですか」

一瞬、真顔になって、それからぷっと噴きだし、先輩が笑う。

「変わってないなー、松原のそういうとこ。やっぱオレ、お前好きだわ」

すんなりと告げる、そんな佐竹先輩の方こそ、本当に変わっていない。

自分の表情が、やわらいでいくのを感じた。

「学校、どうなんですか? こんな風に遊びまわってるなんて。余裕ですね、本当に」

バリバリの進学校で名高い恒星こうせい高校に通っている先輩に、わざと皮肉っぽく言ってやる。

けれども佐竹先輩は悪びれる様子もなく、笑って私を見た。

「まぁ、いいんじゃないのか? たまには息抜きするのも。
おかげで、こうして松原と会えたわけだし」

「……年中息抜きしてますよね、先輩の場合は」

じっと上目遣いに見ると、先輩は頬を引きつらせた。

「お前、オレのこと、そういう目で見てたのか……。
こんっなに、真面目で勉強家なのに」

「その発言自体、証明してますよね」

ポツリとつぶやくと、先輩は肩を落とした。

「オレはそんなに信用ないのか、とほほ……」

「ありませんて。いまごろ気づいたんですか。鈍いですね」

「松原、冷たい。あんなに愛を確かめ合った仲なのに……」

芝居がかった口調で言われ、思わず足を止めた。

先輩もつられたように、立ち止まる。
しおりを挟む

処理中です...