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❖そして、現在(いま)
月の下をふたりで歩く【二】
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一瞬のち、困ったように笑った。
「その答えは、悪いけどアタシはもっていないわよ? 良いか悪いかは、アンタが決めることじゃない?」
「なんだよ、それ」
「逆に」
言いながら、あでやかな美貌の青年が立ち上がり、美穂を無表情に見下ろしてくる。
「アンタはアタシに、ずっとこの格好をしていろって、思うの?」
いつもは垂らしている波打つ赤褐色の長い髪は、立烏帽子のなか。緋色の狩衣に、黒い指貫。
どこから見ても男の装いだ。普段の彼の姿ではない。
「……いまのソレ、カッコいいけど、お前の『普通』じゃない」
身長差から、自然上目遣いになると、見下ろす青年の表情がやわらぐ。
「『普通』のままで、いい」
言い切った瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「可愛い!」
「…………は?」
「ごめんね、美穂。正直言って、アタシの目に映るアンタはどんな格好をしていても、可愛いの。
だから、アンタはアンタの好きな格好をしていればいいわ」
だけど、と。
自分を抱きしめる青年の腕がゆるみ、大きな手のひらが両頬にそえられた。思いきり、仰向かせられる。
「アタシの『心』を自由にしてくれるのは、やっぱり、アンタだけ」
ついばむようなくちづけが落とされ、吐息が頬をかすめる。
「まぁ、アンタが『格好良い』って思ってくれるなら、こんな肩が凝る格好もたまにはしてもいいケド」
言った唇が首筋に触れる。
美穂が事の次第に気づいた瞬間、わざとらしい空咳が聞こえた。
「お、おそれながら、ハク様方にご招待された刻限はとうに過ぎておりやす。
先方では、セキ様方はどうした、まだか、との騒ぎになってるでござんすが、いかがされ───」
「あらヤダ、この野暮ザル」
恐縮しつつ木陰からニホンザルが顔をだし、ペラペラと話すのを、のんきな女の口調が止めた。
「“主”のイイトコ邪魔して、いったいどういうつもり?」
美穂は、目の前にある男の横っ面を軽くひっぱたいた。
「どういうつもり、は、お前だバカ」
言い捨てたのち、おしゃべりな“眷属”へと向き直った。
「猿助、いいところに来たね。咲耶たちに遅れるって言っといてくれる?」
「はっ、承知いたしやした!」
勢いよく返事をした“眷属”が煙に変わり、消え去る。
それを見届け、美穂はため息をついた。
「……って。いつの間にか、真っ暗になってんだけど」
気づけば陽はとうに落ちていて、夜の闇が辺りを覆っていた。
美穂にはたかれた頬をなでつつ、男がちょっと笑う。
「じゃ、歩くの止める?」
言外に『瞬間移動』で咲耶たちの屋敷まで行くことを勧められるも、美穂はつんと横を向く。
「あと少しで着くってさっき言ってたじゃん。ほら、案内しろよ」
あごをしゃくってうながすと、片手が差し出された。
「はい。お手をどうぞ、お姫様?」
向けられる眼差しと声が、甘く誘う。
薄暗いなかでも華やいだ空気をまとう男に、美穂は照れくささのあまり、衣の下に手を隠すようにして歩きだす。
「こっち? こっちの方向に行けばいい───」
踏み出した足が、不自然に、曲がる。
地面だと思った先には大きめの石があり、足首をひねってしまったのだ。
「……った……!」
「もうっ、仕様の無い子ね!」
転びかけた美穂を支えた腕の持ち主が、そのまま美穂を抱え上げた。
「ちょっと!」
「文句は自分の馬鹿さかげんに言いなさい」
ぴしゃりと切り捨てられ、美穂は反論する気力を奪われる。代わりに、なんだか情けない心地になってしまった。
「その答えは、悪いけどアタシはもっていないわよ? 良いか悪いかは、アンタが決めることじゃない?」
「なんだよ、それ」
「逆に」
言いながら、あでやかな美貌の青年が立ち上がり、美穂を無表情に見下ろしてくる。
「アンタはアタシに、ずっとこの格好をしていろって、思うの?」
いつもは垂らしている波打つ赤褐色の長い髪は、立烏帽子のなか。緋色の狩衣に、黒い指貫。
どこから見ても男の装いだ。普段の彼の姿ではない。
「……いまのソレ、カッコいいけど、お前の『普通』じゃない」
身長差から、自然上目遣いになると、見下ろす青年の表情がやわらぐ。
「『普通』のままで、いい」
言い切った瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「可愛い!」
「…………は?」
「ごめんね、美穂。正直言って、アタシの目に映るアンタはどんな格好をしていても、可愛いの。
だから、アンタはアンタの好きな格好をしていればいいわ」
だけど、と。
自分を抱きしめる青年の腕がゆるみ、大きな手のひらが両頬にそえられた。思いきり、仰向かせられる。
「アタシの『心』を自由にしてくれるのは、やっぱり、アンタだけ」
ついばむようなくちづけが落とされ、吐息が頬をかすめる。
「まぁ、アンタが『格好良い』って思ってくれるなら、こんな肩が凝る格好もたまにはしてもいいケド」
言った唇が首筋に触れる。
美穂が事の次第に気づいた瞬間、わざとらしい空咳が聞こえた。
「お、おそれながら、ハク様方にご招待された刻限はとうに過ぎておりやす。
先方では、セキ様方はどうした、まだか、との騒ぎになってるでござんすが、いかがされ───」
「あらヤダ、この野暮ザル」
恐縮しつつ木陰からニホンザルが顔をだし、ペラペラと話すのを、のんきな女の口調が止めた。
「“主”のイイトコ邪魔して、いったいどういうつもり?」
美穂は、目の前にある男の横っ面を軽くひっぱたいた。
「どういうつもり、は、お前だバカ」
言い捨てたのち、おしゃべりな“眷属”へと向き直った。
「猿助、いいところに来たね。咲耶たちに遅れるって言っといてくれる?」
「はっ、承知いたしやした!」
勢いよく返事をした“眷属”が煙に変わり、消え去る。
それを見届け、美穂はため息をついた。
「……って。いつの間にか、真っ暗になってんだけど」
気づけば陽はとうに落ちていて、夜の闇が辺りを覆っていた。
美穂にはたかれた頬をなでつつ、男がちょっと笑う。
「じゃ、歩くの止める?」
言外に『瞬間移動』で咲耶たちの屋敷まで行くことを勧められるも、美穂はつんと横を向く。
「あと少しで着くってさっき言ってたじゃん。ほら、案内しろよ」
あごをしゃくってうながすと、片手が差し出された。
「はい。お手をどうぞ、お姫様?」
向けられる眼差しと声が、甘く誘う。
薄暗いなかでも華やいだ空気をまとう男に、美穂は照れくささのあまり、衣の下に手を隠すようにして歩きだす。
「こっち? こっちの方向に行けばいい───」
踏み出した足が、不自然に、曲がる。
地面だと思った先には大きめの石があり、足首をひねってしまったのだ。
「……った……!」
「もうっ、仕様の無い子ね!」
転びかけた美穂を支えた腕の持ち主が、そのまま美穂を抱え上げた。
「ちょっと!」
「文句は自分の馬鹿さかげんに言いなさい」
ぴしゃりと切り捨てられ、美穂は反論する気力を奪われる。代わりに、なんだか情けない心地になってしまった。
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