25 / 32
裏挿話・呼びかける真名(なまえ)〜美穂と茜〜【R15】
初夜【ニ】
しおりを挟む
「でも……それがアンタなんだって、アタシはちゃんと知ってるわ」
美穂の頬を軽くなでたあと、セキコの両手が美穂の背中に回された。
引き寄せられた身体は、やんわりとした力に拘束される。
「……本当に、困った子ね」
つややかな声音と、せつなげな吐息が、美穂のつむじ辺りに落ちてきた。
拒絶ではなく、境界線を越えるのをためらう逡巡の間。
「昼に……あんな風にアタシから逃げておいて、夜にコレ? アンタと距離を置こうとしたアタシが、馬鹿みたいじゃない?」
「……ごめん」
「もっと、ゆっくり、あわてなくてもいいのよ? アタシとアンタの時間はたっぷりあるんだから」
「分かってる。
でも……なんか、苦しいんだよ。お前とこのまま……変な距離のままで、過ごすの。
あたし、お前のことが好きなんだ。だから、お前にもっと、あたしに自由に触れて欲しいし……あたしも、お前に触れたい」
ぎゅっと、セキコの衣をつかむ。
昼間は確かにとまどったが、やはり美穂は、この女装いの男と、遠慮のいらない間柄でいたいのだ。
心も、身体も───。
「正直、途中で「コワい、ムリ」とか言われても、アタシ、やめられる自信はないわよ?
アタシにとって、アンタはそれくらい特別なんだから。
アンタ、それ、ちゃんと解ってるの?」
「……解ってるよ。
そんなこと言いながら、あたしが嫌だっていうことは、お前が絶対にしないだろうってコトも」
上目遣いに見れば、気取らない素顔を見せる美貌の青年が、大きなまばたきをしてみせた。
「……イヤな子ね。いつからそんなに生意気なコト言うようになったんだか……!」
ふう、と、大げさに息をついたあと、美穂の唇に音を立てて短いくちづけをする。
「じゃあ……ちょっとだけ、待って。アタシもアンタと同じように、身支度してくるから」
片目をつむり、いたずらな笑みを残すと、セキコは美穂を置いて部屋を立ち去った。
❖❖❖❖❖
そわそわと部屋の持ち主を待つ美穂にとっては、それほど長くは感じられない時間で、セキコは戻ってきた。
その手には大きな盃の載った盆があり、その身にまとうのは白い装束だった。
「……お前も、ソレ?」
「そうよ。アンタとの大切な『初めての夜』でしょ?」
盆を傍らに置き、セキコの片手が美穂の髪を優しくなでた。くすぐったい思いで美穂は小さくうなずく。
「うん」
「それと───」
そんな美穂に笑みを返し、セキコは盆の上から盃を取り上げる。
「アンタ、お酒はイケる口?」
「分かんない。飲んだことないし」
「そう。じゃ、口つけるだけで、無理に飲まなくていいわよ」
育った世界で、美穂はまだ未成年者だ。飲酒は法律で禁止されている。
だがここは“陽ノ元”という異世界。そして自分は、目の前の青年の姿をした“神獣”の“花嫁”なのだ。
両手で抱えるほど大きな盃を、セキコがまず呷る。
次いで、美穂に手渡された盃は、セキコが持つ時よりも大きく感じられ、美穂は緊張しながら盃に口をつけた。
(……あ、美味い)
初めて呑む酒の味は良い香りと適度な苦味を美穂の舌に残す。
美穂の頬を軽くなでたあと、セキコの両手が美穂の背中に回された。
引き寄せられた身体は、やんわりとした力に拘束される。
「……本当に、困った子ね」
つややかな声音と、せつなげな吐息が、美穂のつむじ辺りに落ちてきた。
拒絶ではなく、境界線を越えるのをためらう逡巡の間。
「昼に……あんな風にアタシから逃げておいて、夜にコレ? アンタと距離を置こうとしたアタシが、馬鹿みたいじゃない?」
「……ごめん」
「もっと、ゆっくり、あわてなくてもいいのよ? アタシとアンタの時間はたっぷりあるんだから」
「分かってる。
でも……なんか、苦しいんだよ。お前とこのまま……変な距離のままで、過ごすの。
あたし、お前のことが好きなんだ。だから、お前にもっと、あたしに自由に触れて欲しいし……あたしも、お前に触れたい」
ぎゅっと、セキコの衣をつかむ。
昼間は確かにとまどったが、やはり美穂は、この女装いの男と、遠慮のいらない間柄でいたいのだ。
心も、身体も───。
「正直、途中で「コワい、ムリ」とか言われても、アタシ、やめられる自信はないわよ?
アタシにとって、アンタはそれくらい特別なんだから。
アンタ、それ、ちゃんと解ってるの?」
「……解ってるよ。
そんなこと言いながら、あたしが嫌だっていうことは、お前が絶対にしないだろうってコトも」
上目遣いに見れば、気取らない素顔を見せる美貌の青年が、大きなまばたきをしてみせた。
「……イヤな子ね。いつからそんなに生意気なコト言うようになったんだか……!」
ふう、と、大げさに息をついたあと、美穂の唇に音を立てて短いくちづけをする。
「じゃあ……ちょっとだけ、待って。アタシもアンタと同じように、身支度してくるから」
片目をつむり、いたずらな笑みを残すと、セキコは美穂を置いて部屋を立ち去った。
❖❖❖❖❖
そわそわと部屋の持ち主を待つ美穂にとっては、それほど長くは感じられない時間で、セキコは戻ってきた。
その手には大きな盃の載った盆があり、その身にまとうのは白い装束だった。
「……お前も、ソレ?」
「そうよ。アンタとの大切な『初めての夜』でしょ?」
盆を傍らに置き、セキコの片手が美穂の髪を優しくなでた。くすぐったい思いで美穂は小さくうなずく。
「うん」
「それと───」
そんな美穂に笑みを返し、セキコは盆の上から盃を取り上げる。
「アンタ、お酒はイケる口?」
「分かんない。飲んだことないし」
「そう。じゃ、口つけるだけで、無理に飲まなくていいわよ」
育った世界で、美穂はまだ未成年者だ。飲酒は法律で禁止されている。
だがここは“陽ノ元”という異世界。そして自分は、目の前の青年の姿をした“神獣”の“花嫁”なのだ。
両手で抱えるほど大きな盃を、セキコがまず呷る。
次いで、美穂に手渡された盃は、セキコが持つ時よりも大きく感じられ、美穂は緊張しながら盃に口をつけた。
(……あ、美味い)
初めて呑む酒の味は良い香りと適度な苦味を美穂の舌に残す。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ヤクザのせいで結婚できない!
山吹
恋愛
【毎週月・木更新】
「俺ァ、あと三か月の命らしい。だから志麻――お前ェ、三か月以内に嫁に行け」
雲竜志麻は極道・雲竜組の組長を祖父に持つ女子高生。
家柄のせいで彼氏も友達もろくにいない人生を送っていた。
ある日、祖父・雲竜銀蔵が倒れる。
「死ぬ前に花嫁姿が見たい」という祖父の願いをかなえるため、見合いをすることになった志麻だが
「ヤクザの家の娘」との見合い相手は、一癖も二癖もある相手ばかりで……
はたして雲竜志麻は、三か月以内に運命に相手に巡り合えるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる