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裏挿話・呼びかける真名(なまえ)〜美穂と茜〜【R15】
『彼』の目に映る、自分【前】
しおりを挟む「あっ……つっ!」
ギラつく太陽に、一瞬、めまいを起こしそうになり、美穂は悲鳴をあげる。
「暑い! アツイ、あっついってば!」
パタパタと着物の合わせから、空気を中に送りこむも、まるで効果がなかった。
「うるさいコねぇ。騒げば騒ぐほど暑さが増すってものよ。少しは静かにしなさい?」
などといって、美穂をたしなめるセキコでさえも、いつもは下ろしている波打つ赤褐色の長い髪を頭頂部でひとつにまとめているくらい、暑い。
生絹の単衣なる薄い着物もあるらしいのだが、
「アレ、ちょっと下品なのよねぇ……」
と、セキコが眉をひそめたので、美穂が好奇心から“花子”の菊に実物を見せてもらったところ。
(確かにスケスケで、アレ着たコイツは見たくないかも)
目のやり場に困る、といったところだ。
(まぁ、正直、ちょっと見たい気持ちもあるにはあるけどさ)
自分よりも厚重ねの衣を身にまとっているセキコの肢体に、興味がない訳ではない。
ただ同時に、そんな風に『彼』を『男』と意識するのも、本音をいえば少し怖い。
『男』の欲望を、まるで知らないことはなかった。
少年漫画と青年漫画を好んで読んでいた美穂からすれば、『男』がどんな思考回路をしているのかなんて、だいたい想像がつく。
(あたしみたいな体型でも『女』として見るヤツがいるのも知ってるし)
凹凸のない、貧相な身体つき。
そんな美穂を『女』と意識して欲望を向けてきた連中を。
(あのキショい親子とか!)
美穂の下着を物色したり。
美穂の手を握り、同意なく穢された自らの唇───。
「美穂? 大丈夫? 涼しいところで横になったら?」
心配そうにセキコにのぞきこまれ、ハッとして彼を見返す。
赤褐色の前髪の奥、鳶色の眼は、やや垂れぎみで、あでやかな容貌ではあるが近寄りがたさはない。
むしろ、親しみやすくもある。
(そういえば……街歩きした時、モテまくってたし)
本人が美穂の護衛を兼ねていたせいか、どんな相手も歯牙にもかけていなかったことも思いだす。
(……あれ。コイツって……いつからあたしのこと好きだったんだろ?)
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
いつから自分は『彼』に『女』として見られていたのだろうか?
(ってか、コイツの目に、あたしってどんな風に映ってんの?)
美穂の心臓が、急に忙しなくなる。
「美穂? 大丈夫?」
「だっ……大丈夫なワケ、ないじゃん! こういう日は、前ならプールに入ってたし!」
「ぷぅる?」
「水だよ、水! 水のなかに浸かるの!」
ああ、と、ようやく合点がいったかのように、セキコがうなずく。
「じゃ、沢にでも行く?」
「は? あそこまで行くのダルいよ。それこそあたし、着くまでに干上がっちゃう」
「───あらヤダ。このコ、アタシを誰だと思っているのかしら?」
ふふん、と、得意げに美穂を見下ろしたセキコの手が差し出される。
「ほら。連れてってあげる。
……目をつぶって?」
条件反射でつなぐ指先と、いぶかりながらも閉じた瞳。
次の、瞬間。
サァーッという、風の音と共に、ひやりと頬をなでる空気感が、美穂の身をつつみこんだ。
「うわっ……!」
「はい、到着」
小鳥のさえずりが響き渡り、木々の隙間から落ちるまぶしい陽の光に、目を細める。
岩場の間を流れる清水が、目にも体感的にも、涼しい。
「あはは、コレこれ!」
美穂は急に浮足立つ自分を止められず、すぐ側に現れた沢に感動しつつ、そこに手を浸した。
「冷たっ。でも、気持ちイイっ!」
甚平姿の美穂は、ふくらはぎまで難なく水に浸かることができる。
少し岩がゴツゴツとして足場に不安はあるが、気をつけて降りれば大丈夫だろう。
そう思って、なにげなく水のなかに足を下ろした、瞬間。
「わっ……!」
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