【外伝・完結】神獣の花嫁〜さだめられし出逢い〜

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
19 / 32
参 サダメられし出逢い

桃の香りのくちづけ【前】

しおりを挟む



美穂がこの世界に居たいという意思を示してから、セキコは毎日、美穂に『授業』を行った。

“陽ノ元”にある国々の話。

“神獣の里”という、たくさんの“神獣”が住む異界の話。

さらに、人と“神獣”の古くからの関わり方、などなど。

(ソレなんかの役に立つの? ってな感じの、くっそツマンナイ内容だけど)

美穂は逆らわずに、大人しく聞いている。

……時々、茶化すくらいはするが。

(でも、なんか……)

悪くない。
セキコとそうして過ごす時間は。

筆を持つ、長く綺麗な指と。

胸に響く、つややかな声音。

時折、美穂を見つめて甘やかさを含む、鳶色の瞳。

(……何コレ。なんか、そわそわする)

落ち着かない気分になることがある。

セキコには美穂が『違うモノ』に見えているのではないだろうか?

(っていうか、あたしにもこいつが、時々『違うモノ』に見えてる……ような気もする)

相変わらずの女装いと女の口調。

美穂の身なりや食生活に口を出し、礼儀作法についても指摘されるので、

(お前はあたしのオカンか!)

と、美穂が内心で突っ込むことも多々ある。

しかし、それら全部をひっくるめて、美穂にとってセキコは『悪くない』のだ。

「───っていう考え方が一般的ね。だけど……美穂? 聞いてる?」

突然、話を向けられて、美穂はあわてて見入ってしまっていたセキコの指先から顔を上げる。

「き、聞いてる」
「……今日は、このくらいにしておきましょうか」

美穂の反応を見て、セキコは苦笑する。集中力の切れやすい美穂を知っているからだ。

部屋に散らかった和紙や使った筆記具を片付けるように菊に言い置いて、セキコは腰を上げた。

「濡れ縁に出て待ってて」と、美穂に言い残して。





庭にあるかしの枝葉がさわさわと揺れている。

適度にさえぎられた陽の光が、濡れ縁で影と踊っていた。

美穂は両足を投げ出して、後ろに両手をつき顔を上げ、目を閉じる。

セミの鳴き声が、うるさいほどに辺りに響いていた。

「お待たせ」

衣ずれの音と共に聞こえた声に目を開けると、手桶を持ったセキコが、美穂の側に腰を下ろすところだった。

「コクのじい様からお裾分けされたの」

桶には水に浸された桃が入っている。
特有の甘い香りがふわっとただよってきた。

「……この世界に居るって決めた、あんたにって」

ちょっと笑うと、セキコは桃を取り上げ手にした小刀で器用に皮をむき始める。

「この桃はね、アタシがじい様に頼まれて『力』を与えて獲れた桃なのよ」

口開けて、と、桃をひときれ鼻先に差し出される。

いっそう濃い香りが美穂の鼻腔びくうを刺激した。

(……あーんしろってか!)

「早く。せっかく冷やしておいたのに、アタシの熱が移っちゃうでしょ」

ここで引いたら負けのような気がして、美穂はセキコをにらみながら口を開けた。

冷たい果肉と果汁、わずかに、セキコの指先が唇に触れる。

そのことに一瞬、びくっとしながらも、モグモグと口を動かすことに美穂は集中した。

「……いい子ね」

口のなかに広がる芳香とセキコの微笑みが、味覚と視覚に甘さをもたらす。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ヤクザのせいで結婚できない!

山吹
恋愛
【毎週月・木更新】 「俺ァ、あと三か月の命らしい。だから志麻――お前ェ、三か月以内に嫁に行け」 雲竜志麻は極道・雲竜組の組長を祖父に持つ女子高生。 家柄のせいで彼氏も友達もろくにいない人生を送っていた。 ある日、祖父・雲竜銀蔵が倒れる。 「死ぬ前に花嫁姿が見たい」という祖父の願いをかなえるため、見合いをすることになった志麻だが 「ヤクザの家の娘」との見合い相手は、一癖も二癖もある相手ばかりで…… はたして雲竜志麻は、三か月以内に運命に相手に巡り合えるのか!?

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き

待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」 「嫌ですぅ!」 惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。 薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!? ※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...