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参 サダメられし出逢い
迷子とキツネと赤い神獣【後】
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何か代わりに挟み込めるものをと思い、美穂は自らの木沓を脱ぐ。
バネ式のそこに、ねじ込ませる狙いだ。
「……だめか」
美穂の力では多少開きはしても、獣の足を出すことも木沓を噛ませることもできない。
その間も、金茶色の獣は鼻を鳴らし苦しそうに息を吐いている。
ふいに開いた金茶の細い眼が、美穂を捕らえた。
「もう一回、やってみるから」
安心させるように笑ってみせ、美穂はふたたび罠に手をかけようとした。
瞬間、獣が身をよじり、細長い鼻先を地面にこすりつけた。
美穂に、何かを伝えるように。
「え? え? 何? なんかここに、あるの?」
訴えかけるような目線を向けられた美穂は、手にした木沓で獣が示した場所を掘ってみる。
出てきたのは、象牙色の紙片だった。
「なにコレ……和紙?」
美穂は、土まみれになった縦長のそれを取り上げて目をこらす。
和紙には何やら文字が書かれていた。
「封……呪……?」
首をかしげていると、横から紙が引きちぎられた。
金茶色の獣が、切れ端を口にくわえている。
「は……?」
『───助かった』
透明な声音が、美穂の脳内で響く。
セキコが赤褐色の虎に変わった時に聞こえたのと、同じ感覚。
ちぎれた和紙を手にあ然とする美穂の前で、獣が金茶色の煙の筋に変わった。
うずまいて高く立ちのぼると、やがてそれは人の形を成していく。
「は? ちょっ……まさか!」
気づいた時は、もう遅い。
美穂は、己の勘の無さと人の話を理解する力の無さを痛感する。
「娘、礼を言う。
このような所を訪れる者など、ないと思っていたが」
さらりと流れる金色に輝く長い髪。
金茶色をした切れ長の眼が、美穂を見下ろす。
白装束をまとってはいるが、これは『人』ではないだろう。
毛先が黒い金茶色の獣の耳が、頭にある───物ノ怪だ。
「どうした? 驚いて声も出ないのか?」
からかう口調と共に、美穂の頤に伸びる手は、人のもの。
冷たい感触にか、これから為されることにか。
美穂の身体が、大きく震えた。
「そうおびえることもなかろうよ。
先程まで我を助けようと必死になっていたのはお前だろうに」
くつくつと、のどを鳴らす姿は、捕食するモノのそれ。
かがみこみ、美穂に視線を合わせると、金茶色の瞳に愉悦を浮かべる。
「ただの小娘に見えたが、どうやらそうではないらしい。さて、どういただこうか」
のどにすべり落ちた指先が、もてあそぶようになで伝う。
「とりあえず、我がモノとして──」
近づいた唇が、何かを察したように美穂から離れるのとほぼ同時。
風圧が美穂の鼻先を通り抜け、鈍い音が立つ。
磨かれた刃のように、傍らの幹に突き刺さっているのは、開かれた檜扇。
「アタシの“花嫁”に、気安く触ってんじゃないわよ」
つややかな声音が怒気をはらむのを、美穂は初めて耳にした───。
バネ式のそこに、ねじ込ませる狙いだ。
「……だめか」
美穂の力では多少開きはしても、獣の足を出すことも木沓を噛ませることもできない。
その間も、金茶色の獣は鼻を鳴らし苦しそうに息を吐いている。
ふいに開いた金茶の細い眼が、美穂を捕らえた。
「もう一回、やってみるから」
安心させるように笑ってみせ、美穂はふたたび罠に手をかけようとした。
瞬間、獣が身をよじり、細長い鼻先を地面にこすりつけた。
美穂に、何かを伝えるように。
「え? え? 何? なんかここに、あるの?」
訴えかけるような目線を向けられた美穂は、手にした木沓で獣が示した場所を掘ってみる。
出てきたのは、象牙色の紙片だった。
「なにコレ……和紙?」
美穂は、土まみれになった縦長のそれを取り上げて目をこらす。
和紙には何やら文字が書かれていた。
「封……呪……?」
首をかしげていると、横から紙が引きちぎられた。
金茶色の獣が、切れ端を口にくわえている。
「は……?」
『───助かった』
透明な声音が、美穂の脳内で響く。
セキコが赤褐色の虎に変わった時に聞こえたのと、同じ感覚。
ちぎれた和紙を手にあ然とする美穂の前で、獣が金茶色の煙の筋に変わった。
うずまいて高く立ちのぼると、やがてそれは人の形を成していく。
「は? ちょっ……まさか!」
気づいた時は、もう遅い。
美穂は、己の勘の無さと人の話を理解する力の無さを痛感する。
「娘、礼を言う。
このような所を訪れる者など、ないと思っていたが」
さらりと流れる金色に輝く長い髪。
金茶色をした切れ長の眼が、美穂を見下ろす。
白装束をまとってはいるが、これは『人』ではないだろう。
毛先が黒い金茶色の獣の耳が、頭にある───物ノ怪だ。
「どうした? 驚いて声も出ないのか?」
からかう口調と共に、美穂の頤に伸びる手は、人のもの。
冷たい感触にか、これから為されることにか。
美穂の身体が、大きく震えた。
「そうおびえることもなかろうよ。
先程まで我を助けようと必死になっていたのはお前だろうに」
くつくつと、のどを鳴らす姿は、捕食するモノのそれ。
かがみこみ、美穂に視線を合わせると、金茶色の瞳に愉悦を浮かべる。
「ただの小娘に見えたが、どうやらそうではないらしい。さて、どういただこうか」
のどにすべり落ちた指先が、もてあそぶようになで伝う。
「とりあえず、我がモノとして──」
近づいた唇が、何かを察したように美穂から離れるのとほぼ同時。
風圧が美穂の鼻先を通り抜け、鈍い音が立つ。
磨かれた刃のように、傍らの幹に突き刺さっているのは、開かれた檜扇。
「アタシの“花嫁”に、気安く触ってんじゃないわよ」
つややかな声音が怒気をはらむのを、美穂は初めて耳にした───。
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