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参 サダメられし出逢い
迷子とキツネと赤い神獣【前】
しおりを挟むふらふらと歩いていたら、迷子になった。
(この歳で迷子とか、ないだろ)
右を見ても左を見ても、草と木しかない。
小石の山は“結界”を表していて、そこを越えるとセキコの領域の外になると聞かされていた。
(でも、そんな小石の山なんて、見てないし)
見逃した可能性は否めないが、それでもまだ、領域外とは限らない。
歩いていれば来た道にたどり着くだろうと、安易に考えていたのは最初のうち。
やがて陽が傾き始めると、美穂の胸中は穏やかではなくなった。
「さ、猿助、いない……?」
物は試しと声をかけてみたが、反応がない。
(付いて来てないの? あのサル、使えないんだけど!)
自分で拒んでおきながら、美穂は八つ当たりぎみに内心で文句をいう。
昨日、セキコから聞かされた話を思いだした。
「“結界”の向こう側には行かないようにね。
アンタに害を為す『物ノ怪』がいないとも限らないから」
「もののけって……オバケみたいなもん? あたし、喰われちゃうの?」
「生気をね。アンタはアタシの“花嫁”だから、連中にとっては『ご馳走』なの。いたぶって傷つけて弱らせてペロリよ」
「なにソレ、超こわいんですけど!」
「……だから、“結界”を越えないでちょうだい。いいわね?」
念を押すようにセキコに言われたのは昨日のこと。
美穂は、早くも禁を破ってしまったのかもしれない。
辺りは夕闇につつまれ、どこからかカラスの鳴き声が聞こえ始めた。
大きな黒いアゲハチョウが、ひらひらと目の前を通り過ぎて行く。
(もー、ヤダ!)
できるだけ明るいほうへ行きたいのに、気がつけば美穂は、深い森のなかに入りこんでしまっていた。
(出口どっち?)
周りを見渡しても方向すらつかめない。
いよいよ美穂は、途方に暮れてしまう。
(どうしよう……)
その時、獣のか細い鳴き声が下生えの向こうから聞こえてきた。
(子犬? まさか、迷子犬……じゃないよね。あたしじゃあるまいし)
甲高く、苦しそうな鳴き方をしていなくもない。
美穂は自分を棚上げして、助けを求めるように鳴く声のほうへと歩いた。
「犬……?」
草をかき分けて見れば、金茶色の毛をした獣がいた。
犬に似てはいるが、尾は太くふさふさしていて、足先は細く黒い。
同様に、ピンと立った大きめの耳の毛先も黒かった。
「ひょっとして、キツネ?」
美穂にとって身近な動物ではないため解らないが、犬と言いきるには特徴が違う気がした。
しかし猿助とは違い、話しかけても応答がない。これは、話せない類いの動物なのだろう。
そう納得した美穂の目に、草と薄暗さから見えなかったものが、映った。
仕掛け罠だ。後ろ足が挟まれている。
もがくように足先を動かしてはいるが、抜けそうにない。
「待ってて、いま外してあげるから……」
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