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弐 ケガレある乙女

生まれかけた想い【前】

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チュンチュン、と、鳴いたすずめが美穂を見上げ、小さな羽を広げたあと、お辞儀した。

「……コレ、ひょっとしてあいさつしてんの?」

かたわらにいる豪奢ごうしゃな着物をまとう男を窺うように見れば、黙って微笑みが返された。

「……よろしく。あたしは美穂。あんたは?」

「チュン太よ」

「……っ、分かりやすい名前。じゃ、オスなんだ」

噴き出しながら握手するような気持ちで人差し指を伸ばすと、雀の“眷属”チュン太に、くちばしで二度つつかれた。

「半月も何もしないでいるのは退屈でしょう?」
と。
セキコに言われ、昨日は市内見物、今日はこうしてセキコの“眷属”と引き合わされていた。

美穂自身、いずれ立ち去る世界と解っていても、気分を切り替え観光にでも来たのだと思うようにしているところだ。

そうして美穂は、可愛いらしい“眷属”と戯れる一方、そんな自分たちを見つめる女装いの男を盗み見た。

(……やっぱり、普通のカッコしてればモテんじゃん)

昨日の市内見物───美穂が勝手に名付けた───は、軒先に棚を出した露店めぐりのようなものだったのだが。

セキコの装いはいつもとは違い、質素で簡略なひとめで『男』と判る着物姿だった。

目を惹く容貌からか、若い女性客から中年の女店主に至るまで頻繁ひんぱんに声をかけられ、一緒にいる美穂が居心地が悪くなるほどだった。

「連れがいるの。またにして」

と、やんわり断る口調は彼独特のものだが、応じる者たちは一様に、彼の「また」という言葉を額面通りに受け取っていた。

「どうかした?」
「……別に」

美穂の視線に気づいたらしいセキコに不思議そうに見返され、つんと横を向く。

家のなかでは女の格好をして、外では男の格好をする。
体裁を気にかけているのだろうか?

「……なんで昨日は、あんな格好してたのかと思ったから」

ひと呼吸置いて答えれば、ああ、と、事もなげに応じられた。

「派手な衣だと破落戸ごろつきが寄って来やすいし、この格好だとアンタを護るにも動きにくいのよ」

「あたしを護る……?」

考えていたこととまるで方向違いの返答に、美穂は思わずセキコを見た。

軽くうなずいて、微笑み返される。

「アンタに、この世界で嫌な思いをして、帰って欲しくなかったから。
できれば、良い想い出だけを残して、帰って欲しいからよ」

やわらかく、つつみこむような眼差し。
自分に向けられた善意の言葉に、美穂はいたたまれなくなった。

「美穂?」

息が苦しい。胸が痛い。
泣きたくもないのに、泣きそうな気分になる。

(なんだコレ……!)

自分が抱える正体不明の感情に、美穂はまた、いら立ちを覚えた。

「気分でも悪いの?」

セキコの心配そうな呼びかけも問いかけも、いまはただ、わずらわしい。

様子を窺う鳶色の瞳から顔をそむけ、美穂は立ち上がった。

「……外の空気吸ってくる」

「そう? じゃあ猿助に───」

「いらない。このあいだ行った沢の所までだから。あんたの領域内なんでしょ?」

「……分かったわ」

美穂のかたくなな態度に、何かを言いかけたセキコは、それを了承に変えたようだった。

言い争いになると踏んで、やめたのだろう。……美穂に、嫌な思いをさせないために。

遠慮を感じさせる態度が、セキコが美穂との間にとった距離であることに気づく。

美穂は、望んだはずのその『距離』に傷ついている自分を振り切るように、屋敷の外へと出た。
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