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弐 ケガレある乙女

悲しいのは、なぜ?【後】

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「すぐに帰れなくて悪かったわね」
「じいさんって、あたしより年下じゃん」

───その晩。

夕食も摂り、風呂にも浸かり、あとは寝るだけ───と、なっていたのだが。

長年の夜更かし習慣からは抜けきれず、美穂は眠れぬ自分を持て余し濡れ縁へと出ていた。

そこへセキコがやってきて、ふたり顔を合わすなり同時に口を開いたのだった。

「……魂年齢の話よ。
見た目はあんなでもコクのじい様は、アタシよりも五十年以上長く生きているわ」

美穂の疑問に、素っ気なくセキコが応じる。

へぇ、と、相づちをうち、美穂は問いを重ねた。

「で? そういうあんたの魂年齢とやらは、いくつなの?」

「……え?」

初めて『素』の顔を向けられた。

女装いと女の口調。
常に余裕綽々しゃくしゃくで作られたような表情の青年が見せた、本気で驚く様。

なんとはなしにいた美穂のほうが、その反応に驚いてしまう。

「え、って……まさか、自分の歳も解らないとかいうオチ?」

こちらの世界に来てから、たびたびある自分の常識が通用しないという事態。

またかという思いから、美穂はあきれ半分であでやかな美貌の主を見上げる。

すとん、と。
気が抜けたようにセキコは美穂の隣に腰を下ろした。

「……二十一年経つわ、生まれてから」

「ふーん。あんたの場合は、外見のほうが老けてるワケね。
……ホント、ここって変な世界」

ひざをかかえた美穂は、ふたたび片頬づえをつく。
隣で、セキコが身じろいだ。

「髪、触れてもいい?」
「は?」
「動かないで」
「えっ、ちょっと……!」

自分のほうに身を乗り出してきたセキコに、美穂は思わずのけぞった。

大きな手のひらが追いかけてきて、美穂の髪を手ぐしでくようになでる。

半眼に伏せられた長いまつ毛と通った鼻筋。
形の良い唇が近づいて、美穂の胸の鼓動をいやが上にも高鳴らせた。

「や、やだ……!」

気持ち悪いとか、怖いとか。
そういう類いの『拒絶』ではない。

だからこそ美穂は、自分の感情にとまどった。
あえて表すなら、それは、恥じらいというものだ。

「……コクのじい様に、聞いたでしょ? “神籍”にあるとはいえ、病にもなるってこと」

するりと離れていく、セキコの手のひらと身体。
代わりに告げられる言葉に、理解が追いつかない。

「……なに言ってんの、あんた」

「なにって……ちょっとヤダ、あのジジイ、きちんと説明しなかったの?」

“神籍”に入ると外見は変わらず、また、病気になりにくく怪我をしても治りが早い。

つまり、不死身の肉体になる訳ではなく、条件がそろえば病気にもなるし、大怪我もするということだ。

だからセキコは彼の『力』で美穂の濡れた髪を乾かし、風邪などひかぬようにしてくれたらしい。

(あ、そういえば)

裸足で屋敷を飛び出した際に負ったすり傷も、当日の入浴時には痛みをまったく感じなかった。

傷自体は深くなかったとはいえ、まるで何もなかったような状態に戻っていたのは、いくらなんでも治りが早すぎる。

それもこれも───美穂が“神籍”に入ったから、なのだろう。

(それは……分かったけど……!)

美穂の身のうちに、理由の解らない怒りがわき上がる。

「まぎらわしい真似すんな、馬鹿オカマっ!」

怒鳴りつけ、美穂は憤然と寝床に戻り、布団を被った。

「───お休み、美穂」

ややしばらくその場にいたらしいセキコから、障子ごしにかけられた、つややかな声。

優しい響きで発せられた、自分の名前。

(……っ、馬鹿みたい……!)

セキコが自分に情欲を抱くはずなどない。

彼は、あの口調と装いが示す通り、男色家なのだ。

(あたしが男みたいに見えたから、興味をもってただけ)

最初は。

いまは美穂が『女』だと認識しているのだ。もう彼の好みの範疇はんちゅうではないだろう。

(いま、あたしに優しくしてるのは、本当に優しいからだ)

良いことではないか。
あと半月、美穂はこの世界───セキコの屋敷に不本意ながら住まわなければならないのだから。
親切にしてもらったほうが、過ごしやすいはずだ。

(なのに、なんで……?)

なぜ、こんなにも、悲しいのだろうか───。



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