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弐 ケガレある乙女

短い縁だったわね。【後】

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「……お目覚め? ご機嫌ナナメのお姫様?」

からかうような口調は、聞き覚えのある男のもの───セキコのつややかな声音だった。

ささやき声なのは、寝起きの美穂を驚かせないためだと、解ってしまう自分が口惜しい。

 「……なんであたしここにいるの?」

薄暗い部屋の様子から、時刻は夕方くらいだろうと思われた。

天井も障子も、昨晩に見たものと同じ。ここは、美穂に宛てがわれた部屋だ。

「ゆうべ、よく眠れなかったのね。猿助と話しているうちに寝ちゃったらしいわ。
……そのまま外で、寝かしておこうかとも思ったけど」

言外に、彼が美穂をここまで運んできたのだと窺わせる。

美穂はムッとしながら上体を起こした。

「じゃあ、放っておけば良かったじゃん! サルなんか見張りにつけて!

どうせあたしは、間違って“召喚”されたんでしょ? 元の世界には、いつ戻れるんだよ!」

いら立ちまぎれに片手を布団に叩きつける。

美穂自身、何にこんなに腹を立てているのか分からなかった。

ため息混じりに、セキコが言った。

「……アンタ、“花嫁”って言葉の意味、知らないの?」

障子から透かされた夕日が、セキコの整った顔をかろうじて照らす。

美穂にはそれが、失望を映したような瞳の色に見えた。

「は?」

「どうしても元の世界に『帰りたい』のなら、アタシは止めないわ。

何度も言うようだけど、アンタの願いを叶えるのがアタシの存在意義だから。

“仮の花嫁”のいまなら、コクのじい様に頼めば、すぐにでも戻れるでしょうしね」

衣ずれのさやかな音と共に、セキコは立ち上がった。
冷めた眼差しで美穂を見下ろしてくる。

「望まないことを強いるつもりはないわ。短い縁だったわね」

ひるがえる、あざやかな緋色の衣と、赤褐色の波打つ長い髪。

毅然きぜんとして向けられた背中は、美穂との一切のつながりを絶つかのようだった。

そのまま部屋を立ち去って行くセキコに、美穂は内心で毒づいた。

(なんだよ……あたしが悪いみたいな言い方しやがって……)

美穂が『男』でないと知ってから、手のひらを返したような冷たい態度。

(そんなに『男』が良かったなら、間違えずに“召喚”しろっての!)

外装だけ見て間違えて注文した商品を、返品する前にこれでもいいかと妥協しかけて、止めたような印象だ。

(あたしだって別に、好きでこの世界に来たわけじゃない……!)

美穂は、唇を真一文字に引き結んだ。

のどの奥で生まれかけた弱い自分が、飛び出さないように。



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