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弐 ケガレある乙女

短い縁だったわね。【前】

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「あれ? 美穂ちゃんだけ?」

「……あ、はい。
叔母さんは友達と食事に行くって書き置きが、テーブルの上に。大樹だいきくんは、まだ帰ってなくて」

誰もいないのをいいことにリビングのソファーで寝そべり、少年漫画雑誌を読んでいた美穂は、あわてて起き上がった。

「そっか。夕飯は……用意されてるね。美穂ちゃんも、たまには一緒にどう?」

家主である中年のこの男も、帰りが遅いことが多く、今日もそうだろうと思っていたのだが。

「や……あたしは、いいです」

叔母の旦那が、美穂は苦手だった。

風呂をのぞかれたり、いやらしいことを言われたわけではない。

ただ、一度だけ───他の者の目を盗むように、手を握られたことがあった。

「いつもインスタントラーメンとかパンだけでしょ。若いのに、栄養足りないんじゃないかな」

「平気です。あたしの分は、ないし」

実際、美穂の食事が用意されていることはまれだった。

美穂としても、他人の家族団らんに混じる気はなかったので、都合が良かった。

「なんだか悪いね。美穂ちゃんに充分なことができなくて」

「いえ、本当に───」

「だけどさ。……甘えてくれて、いいんだよ。一応、オレはキミの叔父さんなんだしね」

気づけば、美穂のすぐ側に『叔父』はいた。

ぞわり、と。嫌な感覚が背筋に走った。

反射的に立ち上がった美穂は、自室へと向かうため、逃げるようにリビングをあとにした。

が、勢いよく階段を昇りきったところで、自らに続く足音が聞こえ、片腕がつかまれた。

強引に、振り向かされる。

───何か、生暖かいモノが、唇に触れた。

「……っ!」

『ソレ』が何かと気づいた美穂は『ソレ』から逃れるために、無我夢中で手と足を動かした。

踏み出した足が空をかき、自分の身体が宙に浮いたような気がした。

落ちる、と、思った時───このまま死ねたらいいのにという思いも、同時によぎったのだった……。


       *


頭を打ちつける衝撃も、おかしな方向に腕や足が曲がってしまうこともなかった。

───階段から落ちたはずの美穂がいたのは、“陽ノ元ひのもと”という世界。

(日本じゃないのかよ……)

“契りの儀”の直後、菊から聞かされた美穂は、そう内心で突っ込みもしたが。

改めて『違う世界』なのだと、言語を操るニホンザル・猿助との会話で実感させられた。
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