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壱 オトコの正体
どこにもない『居場所』【中】
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「め、滅相もございやせん!
あっしはただ、セキ様に申しつかって、美穂様のご様子を───」
美穂の剣呑な目つきに気づいたのか、猿助はそこであわてたように口をつぐむ。
しばしの沈黙ののち、カリカリと後頭部をかきながら、おしゃべりなサルはふたたび話しだす。
「その……お帰りになりたいのですかい? 美穂様が、居られた世界に」
……独りごとを聞かれていたのだ。
気まずさから、美穂は口をとがらせる。
「さあ? あたしにとっては、どっちも一緒だよ。
……どこにも居場所なんてないんだから」
投げやりな言い方に、対応に困ったように猿助は押し黙ってしまった。
何を言っても美穂の機嫌を損ねると察したのだろう。
(人間より動物のほうが、そういうトコ敏感だよね)
ふと、学校のなかで浮いた存在だった自身が、思いだされた。
*
「ねぇ、豊田さん」
机に突っ伏して寝ていた美穂は、何度目かの呼びかけに顔を上げた。
休み時間。
偏差値と通うのに便利という理由で選んだ女子高は、家庭が比較的裕福で、大人しい子たちが多かった。
「あ、ゴメンね、寝てるのに邪魔して。えっとね、みんなが知りたがっててね、ええと」
「何。早く言ってくれる?」
それでも、イジメとまではいかないが、嫌がらせ程度のことは横行するようなところはあった。
美穂は、生来の気の強さと群れない立ち位置から、クラスメイトたちのグループ内のいざこざとは無縁ではあったが、彼女たちのグループの結束のため利用されることは多かった。
「あ、そっ、その髪、素敵だね。カットが斬新っていうか……。
有名な美容師さんとかに切ってもらったりしてるの?」
美穂は、ため息をついた。
仲間入りを果たすための条件が、美穂へのこの手の質問なのだ。
彼女たちにとって自分は、理解し難い未知のもの。少しの恐怖と、ささやかな蔑みの対象。
「これは、自分で切ってんの。美容院代ケチってるだけ。───つーかさぁ」
そこで美穂は教室中を見回し、声を張り上げる。
二三人、もしくは五六人の固まりが、室内の至るところで内緒話やら共通の話題で盛り上がっていた。
「誰だっけ? この前あたしに同じこと訊いてきたヤツ。
いちいち答えるの、メンドイんだよね。あんたら、ちゃんと連絡網回しといてくんない?」
美穂の言葉に、教室内がしんと静まりかえった。
「あ、えーと。じゃ、後でみんなにもメール送信しとくね。
それで、豊田さんのメアド教えてもらってもいい? あ、まだポケベルかな?」
邪気のない口調に、なぜ彼女が『質問者』に選ばれたのかが容易に想像がついた。
この時代、日本は『中流家庭』という、貧しくもなく、かと言って豪邸に住むわけでもない人々であふれている。
女子高生である美穂が、彼女たちの当たり前のツールである携帯通信機器を持っていないわけがないと、思っているのだ。
彼女はいわば、この社会全体の『空気』をまとっていた。
日本に、食うに困る貧しい者など、存在しない。それは、自分たちに縁のない外国のこと。
(……はいはい。幸せそうで何より)
卑屈であることは重々承知の上だ。
美穂は、周りからは『天然』と称されているだろう彼女の顔が、どうゆがむのかを想像しながら応えた。
「あたし、携帯電話もポケットベルも、もちろんパソコンも、持ってないよ。
両親死んで叔母んトコに居候してるから、万が一の連絡先はそこの家の電話でよろしく」
あっしはただ、セキ様に申しつかって、美穂様のご様子を───」
美穂の剣呑な目つきに気づいたのか、猿助はそこであわてたように口をつぐむ。
しばしの沈黙ののち、カリカリと後頭部をかきながら、おしゃべりなサルはふたたび話しだす。
「その……お帰りになりたいのですかい? 美穂様が、居られた世界に」
……独りごとを聞かれていたのだ。
気まずさから、美穂は口をとがらせる。
「さあ? あたしにとっては、どっちも一緒だよ。
……どこにも居場所なんてないんだから」
投げやりな言い方に、対応に困ったように猿助は押し黙ってしまった。
何を言っても美穂の機嫌を損ねると察したのだろう。
(人間より動物のほうが、そういうトコ敏感だよね)
ふと、学校のなかで浮いた存在だった自身が、思いだされた。
*
「ねぇ、豊田さん」
机に突っ伏して寝ていた美穂は、何度目かの呼びかけに顔を上げた。
休み時間。
偏差値と通うのに便利という理由で選んだ女子高は、家庭が比較的裕福で、大人しい子たちが多かった。
「あ、ゴメンね、寝てるのに邪魔して。えっとね、みんなが知りたがっててね、ええと」
「何。早く言ってくれる?」
それでも、イジメとまではいかないが、嫌がらせ程度のことは横行するようなところはあった。
美穂は、生来の気の強さと群れない立ち位置から、クラスメイトたちのグループ内のいざこざとは無縁ではあったが、彼女たちのグループの結束のため利用されることは多かった。
「あ、そっ、その髪、素敵だね。カットが斬新っていうか……。
有名な美容師さんとかに切ってもらったりしてるの?」
美穂は、ため息をついた。
仲間入りを果たすための条件が、美穂へのこの手の質問なのだ。
彼女たちにとって自分は、理解し難い未知のもの。少しの恐怖と、ささやかな蔑みの対象。
「これは、自分で切ってんの。美容院代ケチってるだけ。───つーかさぁ」
そこで美穂は教室中を見回し、声を張り上げる。
二三人、もしくは五六人の固まりが、室内の至るところで内緒話やら共通の話題で盛り上がっていた。
「誰だっけ? この前あたしに同じこと訊いてきたヤツ。
いちいち答えるの、メンドイんだよね。あんたら、ちゃんと連絡網回しといてくんない?」
美穂の言葉に、教室内がしんと静まりかえった。
「あ、えーと。じゃ、後でみんなにもメール送信しとくね。
それで、豊田さんのメアド教えてもらってもいい? あ、まだポケベルかな?」
邪気のない口調に、なぜ彼女が『質問者』に選ばれたのかが容易に想像がついた。
この時代、日本は『中流家庭』という、貧しくもなく、かと言って豪邸に住むわけでもない人々であふれている。
女子高生である美穂が、彼女たちの当たり前のツールである携帯通信機器を持っていないわけがないと、思っているのだ。
彼女はいわば、この社会全体の『空気』をまとっていた。
日本に、食うに困る貧しい者など、存在しない。それは、自分たちに縁のない外国のこと。
(……はいはい。幸せそうで何より)
卑屈であることは重々承知の上だ。
美穂は、周りからは『天然』と称されているだろう彼女の顔が、どうゆがむのかを想像しながら応えた。
「あたし、携帯電話もポケットベルも、もちろんパソコンも、持ってないよ。
両親死んで叔母んトコに居候してるから、万が一の連絡先はそこの家の電話でよろしく」
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