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壱 オトコの正体
黙っていれば、文句なしの美青年【前】
しおりを挟む目覚めても、夕べのままの見知らぬ土地の見知らぬ屋敷に美穂はいた。
(夢、じゃなかったんだ……)
上半身だけ起こして、美穂はぼんやりと考える。
家が恋しい。元の世界に戻りたい。
……そんな想いは、一向にわいてこなかった。
「失礼いたします」
品の良い若い女の声。
わずかな間ののち、障子がつ、つっ…と開かれる。
「おはようございます、姫様。
朝餉の準備ができております」
「……………………それ、あたしに言ってんの?」
「左様にございます。
陽もじきに高く昇ります。いつまでも寝所に居られるのは、いかがなものかと」
よどみなく流れる言葉は機械人形のように素っ気ない。
美穂と同年代くらいに見えるが、落ち着きはらった態度と無表情が、彼女をずっと年長に思わせた。
だが、いまの美穂にとっては、この女───確か、菊と名乗っていた───の抑揚のない口調は、不快ではなかった。
誰かと深く関わることは、わずらわしさしか覚えないからだ。
菊の言葉に素直に従い、用意された衣にそでを通す。
いささか歩くのに不便ではあるが外に出たいという気分ではなかったので、美穂はそのままズルズルと着物のすそをひきずり廊下を歩く。
「不恰好ねぇ」
あきれた調子の男の声が、後ろからした。
そのひとことは、何も感じないはずの美穂の心に、楔を打ち込む。
「……なに」
「みっともないって言ってるの。
アンタちっさいんだから、打ち掛け羽織んなくていいわよ。
───ちょっと、菊! なにこのコに着させてんの?」
自分と目の前にいる『男オンナ』の世話を担うという“花子”。菊の説明では、役職名らしい。
早い話が使用人なのだろうと、美穂は解釈した。
呼ばれてすぐにやって来た菊に女装いと女の口調で話す男は、美穂の着る物を仕立て直すよう、注文をつける。
承知いたしました、とだけ言って立ち去る菊を見送って、男が美穂に視線を戻した。
「じゃ、とりあえず、腹ごしらえね」
にっこりと微笑む。
黙っていれば文句なしの美青年だろうに、この残念な口調と装いはいかがなものだろうか。
(まぁ別に……どうでもいいけど)
普通の女子高生が思いつきそうな感想をいだいた自分に対し、普通でない女子高生の美穂は、無意識下でなおざりな気分にすり替えた。
これは食べろ、それは残すな、と。
朝食の膳についた美穂に対し、昨晩“契りの儀”とやらを交わした相手は、口うるさく言ってきた。
おかげで美穂は何だかんだで、すっかり満腹になっていた。
(こんなマトモな食事したの……いつ以来だろ)
即席めんや惣菜パン類ばかりの食生活。
栄養は偏り、健康にも悪影響があるだろうことは中学生でも解る。
だが、それが美穂の当たり前だった。
───美穂の両親は美穂が小学校に上がる前に、交通事故で亡くなっていた。
高速道路での多重衝突に巻き込まれ、ほぼ即死だったという。
両親の『死』は突然すぎて実感もなく、本当の意味での理解を当時はできていなかった。
幼い美穂の心に残ったのは、人はあっけなくこの世を去るのだという事実であった。
その後、父方の祖父母の家に引き取られ、彼らが亡くなるまで比較的穏やかに育てられた。しかし───。
「さてと。お腹も落ち着いただろうし……少しアタシと話でもしましょうか? いい?」
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