【外伝・完結】神獣の花嫁〜さだめられし出逢い〜

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
2 / 32
壱 オトコの正体

黙っていれば、文句なしの美青年【前】

しおりを挟む


目覚めても、夕べのままの見知らぬ土地の見知らぬ屋敷に美穂はいた。

(夢、じゃなかったんだ……)

上半身だけ起こして、美穂はぼんやりと考える。

家が恋しい。元の世界に戻りたい。

……そんな想いは、一向にわいてこなかった。

「失礼いたします」

品の良い若い女の声。
わずかな間ののち、障子がつ、つっ…と開かれる。

「おはようございます、姫様。
朝餉あさげの準備ができております」

「……………………それ、あたしに言ってんの?」

「左様にございます。
陽もじきに高く昇ります。いつまでも寝所に居られるのは、いかがなものかと」

よどみなく流れる言葉は機械人形のように素っ気ない。

美穂と同年代くらいに見えるが、落ち着きはらった態度と無表情が、彼女をずっと年長に思わせた。

だが、いまの美穂にとっては、この女───確か、きくと名乗っていた───の抑揚のない口調は、不快ではなかった。

誰かと深く関わることは、わずらわしさしか覚えないからだ。

菊の言葉に素直に従い、用意された衣にそでを通す。

いささか歩くのに不便ではあるが外に出たいという気分ではなかったので、美穂はそのままズルズルと着物のすそをひきずり廊下を歩く。

不恰好ぶかっこうねぇ」

あきれた調子の男の声が、後ろからした。

そのひとことは、何も感じないはずの美穂の心に、くさびを打ち込む。

「……なに」

「みっともないって言ってるの。
アンタちっさいんだから、打ち掛け羽織んなくていいわよ。
───ちょっと、菊! なにこのコに着させてんの?」

自分と目の前にいる『男オンナ』の世話を担うという“花子”。菊の説明では、役職名らしい。

早い話が使用人なのだろうと、美穂は解釈した。

呼ばれてすぐにやって来た菊に女装いと女の口調で話す男は、美穂の着る物を仕立て直すよう、注文をつける。

承知いたしました、とだけ言って立ち去る菊を見送って、男が美穂に視線を戻した。

「じゃ、とりあえず、腹ごしらえね」

にっこりと微笑む。
黙っていれば文句なしの美青年だろうに、この残念な口調と装いはいかがなものだろうか。

(まぁ別に……どうでもいいけど)

普通の女子高生が思いつきそうな感想をいだいた自分に対し、普通でない女子高生・・・・・・・・・の美穂は、無意識下でなおざりな気分にすり替えた。





これは食べろ、それは残すな、と。

朝食の膳についた美穂に対し、昨晩“契りの儀”とやらを交わした相手は、口うるさく言ってきた。

おかげで美穂は何だかんだで、すっかり満腹になっていた。

(こんなマトモな食事したの……いつ以来だろ)

即席めんや惣菜パン類ばかりの食生活。
栄養は偏り、健康にも悪影響があるだろうことは中学生でも解る。

だが、それが美穂の当たり前だった。

───美穂の両親は美穂が小学校に上がる前に、交通事故で亡くなっていた。

高速道路での多重衝突に巻き込まれ、ほぼ即死だったという。

両親の『死』は突然すぎて実感もなく、本当の意味での理解を当時はできていなかった。

幼い美穂の心に残ったのは、人はあっけなくこの世を去るのだという事実であった。

その後、父方の祖父母の家に引き取られ、彼らが亡くなるまで比較的穏やかに育てられた。しかし───。

「さてと。お腹も落ち着いただろうし……少しアタシと話でもしましょうか? いい?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ヤクザのせいで結婚できない!

山吹
恋愛
【毎週月・木更新】 「俺ァ、あと三か月の命らしい。だから志麻――お前ェ、三か月以内に嫁に行け」 雲竜志麻は極道・雲竜組の組長を祖父に持つ女子高生。 家柄のせいで彼氏も友達もろくにいない人生を送っていた。 ある日、祖父・雲竜銀蔵が倒れる。 「死ぬ前に花嫁姿が見たい」という祖父の願いをかなえるため、見合いをすることになった志麻だが 「ヤクザの家の娘」との見合い相手は、一癖も二癖もある相手ばかりで…… はたして雲竜志麻は、三か月以内に運命に相手に巡り合えるのか!?

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き

待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」 「嫌ですぅ!」 惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。 薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!? ※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...