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❖召喚されし、乙女
はじまりの夜
しおりを挟む自分の居場所はここにはない、と、美穂は思った。
気づくと美穂は、三畳ほどの板の間に座りこんでいた。
(……生きてるんだ、あたし)
胸に落ちたのは、そんな思いだった。
なぜ、こんな所に? という疑問は浮かばなかった。
蒼白い光のもとへと目を向ければ、大きな満月が格子戸ごしに見える。
夜だった。
静寂の広がる、冷えた空気の匂いだけがした。
「……あら。ずいぶんとまぁ、ちんちくりんな子ね」
のんきな女性の口調。
けれども、美穂の耳に響いたのは、女の声音ではなかった。
月明かりを背にしたのは、ゆるやかに波打つ髪をした、二十代後半くらいの男。
あきらかに男と判る背格好だが、長い髪を結う飾り紐も、その身にまとった着物も、女性を思わせるものだ。
「口、利けないワケじゃないわよね?」
格子戸の向こう側から、男が美穂の顔をのぞきこんでくる。
「あんた、なに」
美穂の口をついてでたのは、拒絶のそれだった。
得体の知れない人間と関わりたくはないという、気持ちの表れ。
「アタシ? アタシは……んーアンタ次第で生きるオトコ、よ」
言って、いたずらっぽく片目をつぶる。
まるで謎かけのような返答に、美穂はそっぽを向いた。
「ま、それはおいといて」
咳払いをひとつ、する。
次いで、あでやかな容姿の男は、その声域にふさわしい堅い口調で言をつむいだ。
「よびてきたりしセキコのついなるは、これここにあらんとす。
ちぎりしものをほっするわがみにおりてたまわらんことを。
カイジョウ」
戸を開けて、男が美穂に近寄ってくる。
わずかに震えが走った身体に、美穂自身よりも先に男のほうが気づいた。
小さく、笑ってみせる。
「これに着替えて。外で待っているわ」
布の載った盆が、美穂の前に置かれる。
緋色の生地に、銀の刺しゅうがほどこされた着物のようだった。
美穂の手は、自然と緋の衣に伸びていた───。
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