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第十章 ── 関谷 友理 II ──

噂の爪痕【5】

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「きちんとは、話せてないの。でも、帰りは一緒だから」

「そっか。
───美術室に行くんだよね?
僕も、ついて行っていいかな?
あそこから見える景色、好きなんだよね」

他愛もない会話を交わしながら美術室へ入る。

すると、なかに男子生徒が二人いて、瑤子をちらりと見やってきた。

(なに……?)

美術部員でもない者の存在に、怪訝けげんに思って眉をひそめた。

そんな瑤子を囲うように男たちが立ちはだかってくる。

値踏みするような視線を瑤子の全身に注ぎ、そのうちの一人が言った。

「あんたか、神田瑤子って。
……思ってたより、全然イケてるじゃん。オレらと、遊ばない?」

あとから室内に入って来た葵が、あきれ顔で言い放つ。

「君らさー、邪魔だよ。ここ、どこだか分かってんの? 見るからに芸術的才能ゼロだよね。
そういう人間には来て欲しくないよ、ホント。
ほら、帰った帰った」

しっしっ、と、野良猫でも追い払うようなしぐさをする。

そうやって彼らを美術室から追い出そうとした葵だが、数秒後、床に尻もちをつかされていた。

男たちの一人に、手の甲で振り払うように殴られたのだ。

体格の差が歴然としていて、華奢きゃしゃな葵では、とうてい太刀たち打ちできない。

「潮崎くん!」

側へと駆け寄りかけた瑤子の腕が、ぐいと男につかまれる。

「あんたは、こっち」

「三人で楽しもうぜ、たっぷりとさ」

「神田さんを放せ!」

顔をしかめながら立ち上がった葵が果敢にも挑むが、非力なことこの上なかった。

無理もない。
葵は体の造りが、どう見ても男の骨格ではないのだ。

すかさず、ふたたび床へと突き飛ばされる。

瑤子は体を揺さぶって抵抗したが、やはり歯が立たず、叫び声をあげる。

男の手が、乱暴に瑤子の口をふさいだ、次の瞬間。

「……ったく。よっぽど飢えてるんだな、お前ら」

静かに告げられる声は透明で、あきれ返った響きがあった。

声の持ち主が蒼だと気づいた時、瑤子は複雑な思いがした。

「女なら他に、いくらでもいるだろう。
なんならおれが、紹介してやってもいいけど?」

「───行こうぜ」

蒼の姿を認めると、男たちは舌打ちし、美術室を出て行った。

それを見送った蒼が、小さく笑う。

「しばらく、ここには来ないほうが、いいんじゃないかな?
さっきみたいなやからが、来ないとも限らないし」

「……僕も、そう思うよ」

なぐられた頬を押さえ、葵はしみじみと溜息をつく。

あわてて瑤子は、ハンカチを濡らしてきて、葵に差し出した。

「この前の日曜日のことに、尾ひれがついて出回ってるみたいだね」

「君か、元凶は。神田さんは、かなり迷惑してるよ、まったく……」

蒼の言葉に、ムッとしたように葵が言い返す。

蒼は、肩をすくめた。

「ま、そんな訳だから、おれは早々に退散するよ。また変な噂、流されちゃ困るしね。
瑤子ちゃんも早く帰ったほうがいいよ」

「───ありがとう」


「礼なら、潮崎にだろ。
なんたって、名誉の負傷をしているし」

くくっと笑って、出て行きかけた蒼が、ピタリと足を止める。

「……また、キャプテンが呼んでいるのか? 関谷」

(尚斗くん───!)

蒼の声を聞き、どきっとして瑤子は、扉のほうを見た。

美術室の出入口にいた蒼と、すれ違いで尚斗が入ってきた。

この時間なら、部活動のはずだが尚斗は制服のままだった。

まるで、蒼の姿が目に入らなかったかのように室内へ入ってきた尚斗は、瑤子に向かい、ぎこちなく笑った。

「今日は練習休んで頭冷やせって顧問に言われて……迎えに来たんだ、瑤子さんを」



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