憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第十章 ── 関谷 友理 II ──

噂の爪痕【1】

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振動し続ける携帯電話に目を覚ました。

ゆっくりと身体を起こすと、枕もとに、少し癖のある力強い文字で、

『よく眠ってるみたいなので、帰ります。

お大事に。

        尚斗なおと

と、書かれた可愛いらしいメモパッドが置かれていた。

思わず、笑みがこぼれる。

穏やかな気分のまま、電話に出た瑤子ようこを待っていたのは

麻衣子まいこからの警告とも詰問ともとれる、《ある噂話》についてだった───。





神田かんださん」

校門をくぐり、昇降口に入ったところで、あおいに呼び止められた。

いつもなら、気楽な口調の自分のペースで話してくる葵だが、
さすがに例の“噂”を気にしてか深刻な表情をしていた。

「おはよう、潮崎しおざきくん」

「ん、おはよ。
……風邪は、大丈夫なの?」

瑤子は、曖昧あいまいに笑ってみせた。

実はまだ微熱があり、身体はしんどい状態だ。
あと二日くらいは自宅でゆっくりしていたかったのだが……。

「それより、私に何か、用事があるんじゃない?」

「あぁ、そうなんだ。
……文化祭の時の、写真」

手にした封筒を瑤子に差し出す。

ブルーの無地で、L判の写真がぴったりと収まる大きさの封筒は、少し厚みがあった。

関谷せきやの分も入ってるから……渡しといてくれるかな?」

気遣うような、やわらかい微笑み。

初めて会った時は、得体の知れない笑い方だと思った。

だがいまは、彼の微笑みに、少し救われるような気がした。

「ありがとう」

「ん。じゃあね」

猫っ毛の髪をふわっと宙に舞わせて、身をひるがえし、自分の教室へと戻って行く。

(彼のことだから……気遣ってくれたんだわ)

瑤子は葵とは違い、自分の教室へは向かわずに、美術室へと向かった。

朝のホームルーム前なので、当然誰もいない。

窓側の暖かな陽の光が射し込む所へ腰をかけ、封のされてないそれを開いた。

驚いた顔をした浴衣姿の瑤子から始まって、いつ撮られたのか分からないクラス内での写真が、数枚あった。

それから最後に、尚斗とのツーショットの同じものが二枚、入っていた。

(あら……)

写真が入っているだけにしては分厚いと思ったが、手紙まで入っていたのだ。

四つ折りのブルーの便せんを広げる。

『神田さん。

いろいろと言う奴がいると思うけど、気にしないで、あなたらしく毅然きぜんとしていたらいいよ。

誰がなんと言おうと、あの日のふたりの肖像が、僕に教えてくれてるから。

君たちの、本物の想いを。

まぁだけど、関谷には早く誤解をといておいたほうが、いいと思って。

よけいなお世話を承知で、写真を渡すよ。

“人の噂も七十五日”っていうしね。頑張って!』
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