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断章/蒼篇

あなたは、なにを望んでいるの?【1】

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「蒼は、思い違いをしているわ。
……戸籍上は、政貴は確かに政幸まさゆきさんの子なの。
そして、私とあなたは、姉と……弟でしかないのよ」

「だから、なに?
他に女つくって家に帰ることもままならない男に、なんでしがみつく必要があるんだよ。
おれと紗貴が姉弟?
そんなの、あなた達の夫婦生活と一緒で、紙の上でのことでしか、ないじゃないか!
別れろよ、あんな奴と!」

瞬間、紗貴の平手打ちに襲われた。
その衝撃にカッとなって、おれは紗貴をその場に押し倒した。

紗貴の髪の匂いと、やわらかな肌の感触が、一度しか得られなかった彼女との夜を、思い起こさせた。

「やっ……蒼! やめて、……やめなさいっ……!」

「本気で抵抗すれば? ……する気もないくせに」

その胸もとに顔をうずめ、おれはひどく嗜虐しぎゃく的な気分になる。

独占欲というよりは、紗貴を自分の腕の下に組み敷いて、従わせたいだけの欲求でしかなかった。

……おれを選んでくれなかった紗貴への、贖罪しょくざいを行わせるように。

抵抗が弱くなったところで、紗貴の顔をのぞきこむ。

閉じた瞳から伝う涙は、あの日とは違い、特別おれを揺さぶる力はなかった。

むしろ、いっそうおれのなかの残虐性を高めるだけだった。

「───私のこと……嫌いになった?」

問われる言葉の裏側の意味に、思わず紗貴を見つめた。
そんなおれを、紗貴は小さく笑った。

哀れむような情けをうような……自嘲じちょうにもとれる表情におれはたまらず、重ねた手のひらをつかんだ。

「嫌いになれたら、こんな格好悪いこと、してないっ……」

「そうね」

おれの指を握り返して、紗貴はそこに唇を寄せた。

「蒼の、言う通りね……。私、あなたにひどいことしてるの。
……分かっているわ。
あなたの気持ち、利用しているだけなのよ。
あの時も───いまも」

ふわり、と、おれに向かって微笑む。

紗貴の言葉が、おれからぎすぎすした思いを取り除いていった。

だからおれは、紗貴をやんわりと抱き寄せ、さきほどまでとは違う愛撫を繰り返す───おれの心を伝えるように。

「蒼───……」

その先を言葉にしないのは、あなたがしがらみにとらわれているから。

おれを責めずに自分を責めるのは、そのほうがあなたにとって楽だから。

そのずるさでさえ、あなたは知っているんだ。

だからこそあなたは、いまもこの想いに、苦しんでいるんだね───。



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