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断章/蒼篇

無垢な出逢いと酷な再会【2】

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おれの指先を見て、ほっとした表情を浮かべる。

「毛虫じゃ、なかったんだ」

目じりのあたりをぬぐうしぐさに、少し胸をつかれる。

からかいすぎたかな、と反省しながら、口をひらいた。

「お姉さん、演劇でもやってるの」

「……紗貴さん、で、いいわよ。
二ノ宮にのみや紗貴っていうの。
───高校でね、演劇部なの。
さっきのは、今度の新入生歓迎会の演目」

気を取り直したように言って、風に吹かれて舞い散る桜の花びらに手を伸ばす。

薄くピンクがかった白い花びらが揺れながら彼女の手のひらに落ちた。

「桜……好き?」

おれに手のひらを差し出しながら、問いかけてくる。

おれは首を振った。

思い出のなかの桜が揺れて、胸が痛かった。
思わず、彼女から視線をそらす。

「そう。嫌いなんだ」

つぶやく声は、淡々としていた。わざとな言い方に、聞こえた。
彼女は、おれの思いを見透かしているようだった。

「でも、綺麗でしょう?」

言って、おれの顔をのぞきこんでくる。

わずかな陽の光にさらされた鳶色の髪が、輝いて、ふくよかな胸もとにすべり落ちる。

こちらを見つめる、やわらかな眼差しと、ピンク色のリップクリームが似合う唇。

そうして微笑む彼女のほうが、よほど綺麗だと、おれは感じていた。

「……さっきの話、どういう内容なの?」

ずっと彼女を見つめ返す勇気もなく、おれは前髪をかきあげながら

できるだけ自然に見えるように、山桜に目を向けた。

「ある村の桜樹の精が、地上に仮の姿で現れて、村の子供たちと遊んでいたの。

それを見た村人の一人が、彼女に影がないことに気づいて、鬼かものかって騒ぎだしてしまうのよ。

それで、困った彼女がある交換条件をだして───」

それをのんだはずの村人が『彼女』を裏切り、最終的には神の怒りに触れる。
……というような筋書きらしく、彼女はその桜樹の精霊役をやるのだと言った。

「面白そうだね。続き、やってよ」

「いいけど……君、暇なのね」

驚きとあきれを含んだ物言いに、軽く肩をすくめてみせる。

「忙しい人間が、こんなところに散策になんか、来ないと思うけど?」

すると彼女は、じっ……と、おれを見据えてきた。

「最初に感じたんだけど……優しい顔立ちのわりに、結構な皮肉屋さんね?」

「そう? 思ったこと言ってるだけだけど」

彼女は、ふうっと息をついた。

返す言葉が見つからないらしく、そのまま、さきほどの『一人芝居』をやり始めた。





───その後、父の再婚相手との会食に意図的に遅れたおれと。
母親の再婚相手と会う約束を忘れていた紗貴が、戸籍上の姉弟となって再会する。



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