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断章/蒼篇

ささやかな復讐【2】

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おれ以外の男を彼女が選ぶこと───おれは知っていた。

彼女が、おれにとっての紗貴さきであったように。
彼女にとってのおれも、きっと彼女のなかの『代用品』に、すぎなかったのだから。

それなのに、あんなに動揺したのは、同じことを繰り返されるのが、たまらなかったからだ。

「蒼……話があるの。
お願い、話くらい聞いてよ」

槇原まきはら実砂子みさこは、以前、少しだけ付き合っていた子だ。

最初から互いに『遊び』で付き合っていたはずなのに、気づくといろいろと干渉されるようになっていた。

おれはそれを由とはせずに、すぐに別れたのだった。

「前にも言ったと思うけど……面倒くさいのは、嫌なんだ」

傷ついたような目がおれを求めているのが解っても、彼女が望む『おれ』を与えてはやれない。

……最初から解っていたはずだ、それが無理なことは、お互いに。

「好きになって欲しいなんて言わないから……ただ、側にいさせて欲しいの」

ぬくもりは、つかの間だけ紗貴を忘れさせる。

そうやって、自分の欲望を違う形で結ばせてみた結果がこれだ。

恋に似た衝動は、けれど偽りのそれでしかない。

「───悪いけど、君にはおれが必要でも、おれにとっての君は、なんの魅力もないよ。
……迷惑なんだ」





真夜中の電話。

いつもの雛子の呼び出しかと思い受話器を取り上げる。

こんな非常識な時間にかけてくるのは、雛子くらいしかいないからだ。

が、意外にも、その声の持ち主は、雛子ではなかった。

「……元気だった?」

受話器の向こう側の声は、相変わらず優しい。

おれが犯した過ちも、彼女のした仕打ちも、何もかもが、非現実的なものであったかのように。

「夜……出かけていることが多いの?」

言外に、いつもはもっと早い時間にかけてきていることを、伝えてくる。

「バイトしてるんだよ。割りがいいんだ。
……用があるなら、携帯電話にかけてよ」

おれの言葉に、とまどいを隠せないらしく、小さな息をもらすのが聞こえた。

「生活費が足りないなら言って。バイトだなんて……蒼がすべきじゃないわ」

「───社会勉強も兼ねてるんだよ。
それに、成績は落としてないつもりだけど?
それともなに、義兄にいさんは、おれのいまの成績に不満があるって言ってるの?
別におれは、いまの高校やめてもやっていけるけど?」

「蒼……お願い。姉さんを困らせないで。バイトの件は、また改めて話しましょう。
昼間、会えないかしら」

「───今度の土曜日なら会えるよ」

その約束は、きっと、反古ほごになる。

それが分かっていながら、おれはその場をそうやって取り繕う。

人妻のあなたにも、おれの姉だと主張するあなたにも、おれは会いたくないから。



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