憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第八章 ── 斎藤 蒼 II ──

友達にもなれない二人【4】

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蒼は、視線を空へと転じた。

風がさらさらと木々を揺らす。

地面に落とされた、光と影のコントラストを見やりながら、瑤子はペットボトルに口をつけた。

「……実砂子みさことのことは話したよね?
彼女との付き合いが、ひどく面倒だった。
いろいろと干渉されて。
───それから君と出会って……
君がおれと同じように、相互不干渉な考えをもっているようだったから、楽だったんだ」

淡々と話される内容は、あの頃の自分を的確に語られていて、つらかった。

……そう、蒼のいうとおり、瑤子は彼に対し、快楽以外のものを求めはしなかった。

(肉体さえ満たされていれば、よかった)

苦い思いで、自分の過去を振り返る。

そのことに、なんの疑問ももたずにいた───圭一けいいちと別れさせられた、あの日から……ずっと。

(でも、いまは違う)

いかに自分の行為が、むなしく愚かであったか、瑤子は知ってしまった。

「だから、君にあんな言葉を投げつけたんだろうな。
───悔しかったんだ、おれは。君に、置いていかれて」

うつむいたまま、蒼の声だけに耳を傾けていた瑤子は、そのひとことに彼を見返す。

穏やかな瞳と、視線が交わった。

「自分以外の誰かを、いつも心のどこかで気にかけること。
なんの利害もなしに起こる、その誰かに対する情動。
それが恋だって、おれは思ってる。
……君は、おれよりも先に見つけてしまった───関谷尚斗っていう存在をね」

蒼の微笑みは、どこか寂しげに見えた。
と、同時に、そんな彼に驚く。

(いつも自信に満ちた人。
決して、不遜ふそんにならない程度に)

蒼に対する瑤子の評価だ。
それは、一度たりとも彼の弱気な表情を見たことがなかったから。

(でも、誰だって弱いところ……もろさをもっているはずだもの)

気づかなかっただけなのだ、自分が。

人間ひとには、いろいろな側面があって、当たり前なのに。

それを瑤子は、理解わかろうとはせずに、蒼と関わっていた。

(本当に、なんて人付き合いを、していたんだろう……)

瑤子は、ふたたびうつむいた。

蒼と正面から向き合わずにいた自分を知り、後ろめたさを感じたのだ。

───そよ風に、瑤子の長い髪が一筋、たなびく。

「……あなたは、見つかったの? そんな人」

ささやくように、問いかける。
他に言葉は、見つからなかった。

瑤子の気持ちを察してか、蒼からの返答は、冗談まじりの否定だった。

「探すよ、これからね。
……君がそうだったら、よかったんだけど」

ふっ……と、笑って、瑤子をのぞきこんでくる。

いたずらっぽく動く瞳は、蒼特有の艶めいた光を宿す。

その眼差しが、瑤子を深い関係へと誘った一因であることは、確かだ。

ペットボトルに口をつけ、飲み干そすとした弾みに、せきこむ。

瞬時に、瑤子の背に置かれた蒼の手のひらが、実砂子の存在を思いださせた。

どもりながら問う。
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